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「序」より

下坂幸三

 著者中村伸一先生は,牧原浩先生ならびに秋谷たつ子先生の寵児であったと思う。つまり牧原流精神療法・家族療法,そして秋谷流ロールシャッハ法をしっかり学んだ優等生であったと想像する。しかしやがて両先生の枠からはみ出してきた。すなわちきわめて発育良好な若者である。もちろん中村先生はいまや若者ではない。日本の家族療法,精神療法の世界を担う中堅のホープである。英語も達者だから世界的にも活躍するであろう。この5月に開催される日本家族研究・家族療法学会の大会会長でもある。
 さて以上が前置き。これから中村君とよばせていただく。彼をよく知る者の間では「伸チャン」で通っているので,ここでもうっかり伸チャンと口走りたい気になるのだが。
 中村君と私との付合いは長い。十数年以上か。しかしその付合いの在り様は牧原,秋谷対中村との関係とは違うようだ。
 中村君と私とは,長年にわたって小さな症例検討会を二人で運営してきた勉強仲間である。どこまでも仲間だから,互いに責任やら義務やらを感じるような堅苦しい間柄ではない。だが互いに励みとなって,臨床の勉強に努めてきたと思う。
 かって1987年に日光で開かれた精神病理懇話会シンポジウム「精神病理学の方法」のなかで,講演を二人で分担したことがある。このときは,例のBlankenburg, W.の症例アンネ・ラウに対する中村君なりの見方を開陳してもらった。それはいうならば症例アンネ・ラウの脱構築であった。当時は,会長をされた宮本忠雄先生もお元気だったし,主催者側の親切で金谷ホテルのデラックス・ルームに二人で泊めていただいたことも懐かしい想い出である。講演の反響は大きかった。二人組というのも聴衆にはいささか受けたのではなかろうか。
 1992年には,二人でシカゴの学会に出かけた。第3回目のThe International Society for Adolescent Psychiatryである。彼は私からうつされた悪性のカゼを押して,発表の前の晩まで私の下手な英語の発音を直してくれた。学会は低調だった。それに中村君の前の発表者が大幅に発表時間を超過し,彼の発表時間は切り詰められてしまった。それやこれやで彼は学会のあり方にすこぶる憤慨していた。しかしその後,ボストンで親友兼学友であるDavid W.McGill氏に会ったときは,すでに水を得た魚に変わっていた。御両人はまるで家族のようにうつった。
 以上,二つが中村君との付合いのなかでことさら私の記憶にふかく残っている出来事である。
 さて本書だが,その内容についてなんら喋々するを要しない。平明にして率直かつ視野の広い記述である。しかも体裁は整っていて,開業医風の型崩れ――私の書くものなどはその典型なのだが――がしていない。よい意味でアカデミックである。そういう特徴は,たとえば,「精神分裂病」や「境界例の家族と家族療法」といった章を飜読していただければすぐ納得していただけるだろう。
 どの職種の方が読んでも得るところが大きいことは保障できるが,上記のような特色上,まだ家族療法にあまりなじみのない精神科医の皆さんに大いに読んでいただきたいと願う。
 つぎには,ユングとか精神分析一本槍とかいった方々が目を通してもらえば嬉しい。
 中村君は,これまでわが国で家族療法書をものした面々とはいささか異なり,力動精神医学の基礎がしっかりできた人物である。したがって,分析派の人々が異和感をほとんど感じることなく読める家族療法書が,ここにはじめて誕生したといえるのではないだろうか。
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