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「まえがき」より(抜粋)

 心理臨床の場における心理臨床家は,クライエントの状態を理解するために,さまざまな心理テストを用いているが,この中でロールシャッハ・テストが重要な地位を占めることはいうまでもない。そしてエクスナー(Exner, J.)がロールシャッハ・テストのさまざまな体系を実証的に統合し,包括システム(comprehensive system)としたことも周知の通りである。現在,世界各国でロールシャッハ・テストを行っている人のすべてが,包括システムによっているとはいえないにしても,国際学会やロールシャッハ・テストの研究誌においては,包括システムが広く用いられている。
 筆者らは,エクスナーの包括システムによるロールシャッハ・テストが,サイエンスとアートを統合した心理テストであり,人びとの心の状態を理解するのにきわめて有効な手段だと思っている。包括システムによるロールシャッハ・テストの記録を,エクスナーのように構造一覧表を出発点として体系的に解釈するか,構造分析よりも反応内容そのものを重視して精神分析的ないし現象学的に解釈するかは別として,包括システムは,ロールシャッハ・テストを実施し研究する世界の人びとが,意思の疎通をするための共通言語として重要な体系となっている。筆者らはこの包括システムがわが国においても広く用いられ,わが国や諸外国の臨床家や研究者間でコミュニケートできるように,エクスナーの包括システムをより広く普及させたいと望んでいる。
 ところでエクスナー(Exner, J.)の包括システムによる解釈をわが国に適用する時,最も問題となるのは,彼がロールシャッハ・テストの変数を解釈する場合,基準として用いているアメリカ人の数値である。従来,日本人の反応には全体反応が多いといわれているが,エクスナーの著書で「自己中心性指標が平均値を越えることは」「ラムダの値が1.0以上での出現率は」「材質反応が0なら」などの記述を読む時,文化を異にするわが国の被検者にも,アメリカ人の数値をそのまま適用できるかどうかという疑問が生じる。
 この点に関して,わが国の被検者が包括システムによるロールシャッハ・テストの変数として示す数値を明らかにし,実際の解釈に役立つようにしたのが本書である。本書の資料は健常成人220人(20歳〜69歳,平均年齢29.7歳)の記録に基づいている。本書では,包括システムの構造分析で取りあげる変数について,わが国の被検者の平均や中央値を基に,期待される範囲を明らかにした。健常成人に関する今回の筆者らの資料は限られたものではあるが,これによってエクスナーの解釈をわが国の被検者にも適用できると考えられる。心理臨床家として,ロールシャッハ・テストについての知識をもち,一定の訓練さえ受ければ,誰でも同じ一定の水準までは同じようにロールシャッハ・テストの記録を解釈できるという点も,包括システムの長所であるが,そのためにも本書が多少なりとも役立てば幸いである。
 さらに本書では,筆者らが包括システムによって収集した精神分裂病者群220人(20歳〜71歳,平均年齢34.9歳)の記録に基づく資料も適宜参照した。また第3部では,各図版の各領域に対する反応内容について,両群の出現頻度の数値を明らかにした。これはロールシャッハ・テストにおける形態水準の検討や,内容分析を中心とする解釈にも役立つと思っている。……
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