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「あとがき」より(抜粋)

 今,子供の心をより深く理解したい,こどもとの心の絆をふかめたい,しかし,それにはどのようにしたら良いのかと悩み,手がかりをもとめている人が多い。また,不安ゆえに子供に密着し過ぎて子供の発達に悪影響を与えてしまう母親がいたり,その母親の苦しみを理解しているために自分の気持ちを犠牲にし続け,自分そのものが希薄になってしまう子供たちの不幸がいたるところに見いだされる。この20年間で子供あるいは思春期・青年期の若者の示す心の苦しみやその現われである行動・症状は大きくその様相を変えてきた。古典的な神経症タイプの現象が減る一方,不登校や拒食症のような摂食障害の急増,不安定な人格障害やこもりがちな分裂気質的な傾向と自己愛的傾向の増大などなど。このような変化の背景にわが国の家庭を中心とした心をとりまく状況の変質が存在する。子供や青年はそのような変化に内在する問題点を敏感に感じ取り,さまざまに表現する。対外的な自己主張あるいは攻撃性の表現においても,六十年代における学園闘争を中心とするものから校内暴力,家庭内暴力,いじめ,自殺とより狭くより内側にむかうものに変化してきているし,全体のエネルギーも低下しつつあるように感じられる。何が変わりつつあるのだろうか?
 家族の変化としては核家族化・少子化とが大きな変化であろう。このことは子供に決定的な影響をあたえているように思われる。多数の家族のなかで育つということは多様性と柔軟性を知らないうちに身につけられる。そして,子供は母親を中心にしながらも地域社会のメンバーも含めて多様な人々の環境によって支えられることとなる。たまたま母親が何らかの心の問題をもっていたとしても,他の多くの支える集団によって補われうるキャパシティーが高かった。そういう意味では現代の母親の方が子育てにおいて極めて責任が重く,また苦しい立場に置かれていると言えよう。たとえば父親が不在がちな家庭で母が育児に自信ない状況で子供に何らかの問題が生じた場合,不安は母親を圧倒しかねない。そして,混乱している子供は不安にいっぱいになった母親しかいない環境に置かれ続ける。そして育児は何よりも大切な仕事という意識がうすれ,育児よりも社会的な自己実現こそ価値あるものという雰囲気が女性たちから母親としての居心地のよさを奪いかねない。
 子供の側からすると,大家族であれば,兄にけんかでまけても弟には負けないし,祖母にきらわれても祖父には愛されるなど,自分と他者との関係性の質を多様に体験できる。母親が不安を抱いていても,姉に優しくしてもらって女性の暖かさを体験することも可能である。まして,一人でも病弱な兄弟がいれば,病気の苦しみやそれをいたわることの大切さを身に沁みて感じ育っていくことになる。そのような体験の可能性が高い。そこには対人関係の多様性や選択の自由性の豊かさが見いだされると共に干渉されすぎないという良さがあったことが伺われる。
 社会的には教育制度を中心にしてシステム化が完成し,受験体制のなかでしなくてはならないことが低学年化していき,昔のような子供の時代が短縮されることとなっていった。少子化によって親からの働きかけは極めて多くなり,しかも幼児期からシステムのなかで育てられるという環境によって,子供たちは消化しきれないものを取り入れ続け,順応し続けなくてはならないという状況になっている。
 子供に十分なエネルギーをそそげるために,一方で幼児期よりの訓練が必要な音楽関係や運動関係の才能は多数花ひらくという現象を生みだしながら,母親に対してあるいは社会のシステムに対して順応することに疲れきった子供たちが,自身の発達課題に取り組みつつそれぞれの年代に固有の問題行動や症状をさまざまに表わすこととなる。
 このような現状において,子供たちの心,そして苦悩を理解し何らかの援助を含めた対応をはかるには古い文献や教科書を読んでも,なんら手がかりは得られない。現在,多くの子供,そしてその家族,時には学校などと真剣にかかわりつつ,考え,悩み援助しつづけてきた体験こそが大切なてががりを与えてくれることとなる。そういう意味での本書は,現在わが国において子供と思春期・青年期の心の問題に取り組まれている第一線の先生方のなかで考えられる最高の方々による講演を収録し,多くのかたがたに理解の手がかりを提供するために編纂されたものである。
 これらの講演は青山心理臨床教育センター(APCEC)が優秀な心理臨床家を育成するという事業とともに,広く専門家を含めた一般の方々に内容の高いものを提供するために一年に一度開催している講演会を元にしたものである。当初は本にする予定はなかったが,評判を聞かれた方や,当日用事があって会場にこられなかった方々から是非何らかの形で内容に触れられる形にしてほしいという要望が強く,本書が生まれることとなった。ただ残念なのは録音したテープが一部紛失していたため講演のすべてを掲載できなかったことである。その点は,この場で掲載できなかった演者の方に深くおわびしたいと思う。しかし,本書を読んでいただければわかることであるが,掲載できた内容はすばらしいものであり,しかも講演という話しことばによるものであり,分かりやすいものになっている。
 本書が子供の心の問題にかかわられている方々や,子育て真っ最中のお母さんや,子供のこころをより深く理解したいと感じていられる全ての人々の手に届き,何らかの助言を提供できることをこころから願うものである。……
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