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「日本語版への序文」より

 1992年に本書の初版が出版されてからもサイコドラマの領域は発展を続けてきている。世界の至る所で新しいサイコドラマの研究機関や協会が設立され,サイコドラマの実践は精神療法の主流のなかに受け入れられるようになってきている。ただ考えたり話したりすることよりも,感じたり行動することを強調するサイコドラマ体験がもっている心ときめくような直接性に魅せられる臨床家が多くなってきている。しかし,体験と実践は概念化され理論によって説明されなければならない。これらはサイコドラマにおいてあまり強調されてこなかった領域であり,それが本書の特別な焦点となった。本書がポジティブに受け入れられ,昨年,五つの言語に翻訳されたことに特別な満足を感じるのは,それがサイコドラマの地理的な広がりを示すだけでなく,学生や実践家の間にサイコドラマの再概念化や理論に関する関心が大きくなっていることを示しているからである。
 この日本語版の出版は,今のべたような傾向の流れのなかにあり,こうして異なった文化のなかでサイコドラマを実践している新しい仲間や学生たちと私の考えをシェアできることはとても嬉しいことである。しかし,世界の各地でサイコドラマを教えていて驚くのは,全体として人々に見られる相似性であって,とくに,各地の学生からは技術と理論に関する同じような質問を受けるのである。どこでもサイコドラマの治療的側面に関する質問が関係していた。それに対する回答を幅広い普遍的な心理学的プロセス(情緒的,認知的,対人関係的,イメージ的,行動的,非特異的)から考えていくことが,文化的背景から離れた異なった国における適用を可能にするのだと信じている。このことは,実践においては折衷的に,理論においては統合をというサイコドラマに関する私の考えを強化するものであり,サイコドラマをはじめとするすべての現象に対して,モレノ派であれなんであれ,ひとつの考えを押しつけるのではなく,偏見なく,批判的に質問し,独立した考えをもって接することの必要性が強められたのである。本書が,サイコドラマの中で生じていることをより明確に観察し概念化できるための窓を開き,それによって,われわれが仕事に集中でき,効果をあげることができるようにと望むものである。

ピーター・F・ケラーマン

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