「訳者あとがき」より

 本書は“The Practice of Group Analysis ; Edited by Jeff Roberts and Malcolm Pines, Routledge, London, 1991”の翻訳である。英語版は,Library of Group Therapyシリーズの一冊として出版されたものである。英国学派の分析的グループ療法の入門書があまり多くない中で,本書は格好の入門書として推薦できるものである。ただ残念なことではあるが,出版社の都合によって英語版の第1章と第2章を割愛することになった。(したがって英語版の第3章が,この翻訳版においては第1章になっている。)……しかし英語版の第3章のフークスに関する後継者たちの談話が,その歴史的記述の役割を一応果たしていると思う。これはいかにも,自由奔放な会話のように見えるが,実際の治療の現場の中で新しいものを生み出していくときの臨場感を良く表わしており,フークスと彼の同僚たちの血の通った根気のいる活動が良く描写されていて,貴重な記録である。英語版の第4章以下は,グループ療法の実際に関するものであり,入門書としては最も重要な項目が手際良く述べられている。
 本書は,入門書として実際のグループ療法のクリニックの現実的な運営の問題などを記述していて,これからグループ療法を勉強して行こうとする読者や臨床実践していこうとする読者に,かなり具体的な状況や情報を提供するものである。各章は,アセスメント,グループ治療上の具体的な問題点,研修の問題,実際のクリニックの設定の仕方など非常に具体的ではあるが,他方ではイギリスの分析的グループ療法の歴史とその理論的な成果をふまえた上で記述されたものである。
 執筆者は,全員が英国グループ療法協会の会員であり,そのほとんどが訓練グループ療法家である。その意味においても,現在の英国におけるグループ療法の理論と実際を紹介するには適切な入門書である。
 監訳者の衣笠は,ロンドンのタビストック・クリニック(Tavistock Clinic)に留学中(1981−1988),分析的グループ療法の臨床的経験を持つことができたが,その時の指導者がこの著書の中には数人存在している。つまり,パイン(Pines, M.),ガーランド(Garland, C.),ジェイムズ(James, C.)の各先生方である。パイン先生は2年間にわたってグループ療法のゼミナールをして下さり,衣笠を初めてグループ精神療法の世界に目を開かせて下さった。その時の斬新な視点と予想もしなかったダイナミズムの世界に,印象深い体験をしたことを今でも忘れずにいる。また特にジェイムズ先生は,衣笠の担当した分析的グループについて数年にわたるスーパービジョンを担当され,衣笠に大きな影響を与えた先生である。本来衣笠は,ロンドンの留学については精神分析を研修する事を目的にしていて,グループ療法に関しては無知であった。そしてその世界を知った時には,大きな驚きを体験し,新大陸を発見したような興奮を覚えた。そしてそのような方法論を発見していったイギリスの精神分析家たち(当然ではあるが,分析的グループ療法の創始者は全員精神分析家であった)の独創性に,驚きと畏怖の念を覚えたのである。実際に理論的視点などを勉強していき,臨床における無意識的テーマを理解する技法を学んで行くにつれて,その独創的な視点に圧倒されたものであった。特に衣笠はクライン派の影響を強く受けているので,ビオン(Bion, W.)の理論と実践,その現在までの発展に強い関心を持っている。彼が小グループにおける自由会話の中に,グループの無意識的テーマを読みとって行く方法を発見していった過程には,驚かされるばかりであった。彼はグループ治療に対象関係論的な視点を応用し,その場で活動しているグループ全体の無意識的幻想を,理解していく方法を発見していたのである。そして彼の臨床的技法は,現代の分析的精神療法の基本的な方法論となっている。彼は主としてグループの全体無意識の治療者に対する転移に関する研究を行ったが,後には同胞転移や患者個人の治療者に対する転移の問題までも理解し扱って行くことが重要であることが明らかにした。
 もう一人の重要なグループ療法家がフークス(Foulkes, S.)である。彼は古典的精神分析学派の精神分析家であった。そしてグループ全体における個人の役割や,ネットワークの中における結び目としての個人の問題を取り上げていった。そして参加者の相互的な共鳴の体験などが治療的に重要であると考えている。彼には対象関係論的な視点は少なく,エディプス葛藤や抑圧の問題に注目した治療的アプローチを行っている。彼の指導を受けた自我心理学派の分析家が,ここには著者として多く登場しているが,対象関係論者とも一緒に仕事をしていて,異質なものを同居させる懐の深さを示している。両者には,明らかに視点の違いがあり,技法的にもフークスは治療者の沈黙といわゆる抑圧や上からの解釈に心がけているので,一見彼のアプローチは明確化が主であるように見えるのである。 それに比較して,ブラウン,ジェイムズ,ガーランドたちの記述は対象関係論的で,筆者には非常に生き生きとした理解と記述として感じられるのである。いずれにしても,英国の分析的グループ療法家が,精神分析の主な2つの流れを内包しながら独自の発展を遂げていることが,この入門書の中にも伺うことができるのである。……