おわりに

 本書は拙著『子どもの虐待:子どもと家族への治療的アプローチ』(誠信書房)の続編的な性格を持っている(出版社が異なっているため,いささか失礼な話であるかもしれないが)。前書を書いた段階では,いまだモヤモヤとした状態にあって輪郭が定まっていなかった『トラウマ』なるものの形が,その後の子どもたちとのつきあいを通して,次第に一つの像を結ぶに至った。そういう意味で,本書は,前書以降の私の思考や実践の展開をそのまま記したものだとも言えよう。
 虐待を受けた子どもの心理,行動,あるいは対人関係の特徴を理解するための概念としてトラウマが有効であることは当時から気づいてはいた。そして,そういった子どもの心理療法の鍵がトラウマにあるのだろうということも,漠然とした形ではあるが意識の片隅に存在していた。しかし正直なところ,子どもの心理療法においてトラウマを扱うとはどういうことなのか,今一つつかみ切れないでいた。
 その後,多くの機関で,虐待を受けた子どもたちと関わらせていただく機会を得た。一つには,相談機関や病院における心理療法の場での子どもたちとのつきあいであり,もう一つは児童養護施設(私個人としては『児童』という言葉はあまり好きではないが,法律による名称が『児童養護施設』であるため,本書ではこの言葉を使った)における生活レベルでの子どもとの関わりであった。また,幸か不幸か,さまざまな機関で心理療法を行なっておられる専門家にスーパーヴィジョンを提供させていただくという機会にも恵まれた(さまざまな心理療法家のセラピーに触れさせていただく機会という意味で『幸』であり,きわめて多忙になったという意味での『不幸』である)。こうした多様な機会を通して,トラウマを中心とした心理療法,とくにプレイセラピーの展開と,生活レベルでの関わり,つまり環境療法のあり方がある程度,形をなしてきたように思えた。そのことが本書をまとめようとする大きな動因となった。
 そのような主旨で本書をまとめるにあたっては,今一つクリアすべき課題があった。それは,トラウマ概念の検討である。心理療法においてトラウマを扱うためには,また,環境療法においてトラウマを受けた子どもたちに心理的なケアを提供するためには,トラウマとは如何なるものであるかの臨床心理学的な理解が必須であると考えたからである。『はじめに』でも触れたように,トラウマ・ブームとでも言えるような昨今,これは是非やらなければならない作業だと思えた。といった経緯で,トラウマの理解と,トラウマを中心とした心理療法の展開とが本書のテーマとなった。そこで,タイトルを『トラウマの臨床心理学』とした。本書を読んでいただければおわかりのように,トラウマといってもそのほとんどが虐待によるものであり,また,心理療法といってもその対象の大半は子どもである。こうした内容を考慮に入れれば,『虐待と心理療法』とでもするのが妥当であったかもしれない。しかし,本書にとりかかる際の私の思いから,いささか看板に偽りありの感のあるタイトルにさせていただいた。若輩者ゆえのこととして,看過いただきたい。
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 前書の「あとがき」に,「これは中間まとめである」と記した。そして,そう書いた時には,次に本を書く際には最終的なまとめが書けるだろうと考えていた。しかし,それは大いなる勘違いであった。本書をまとめた今でも,たとえばトラウマティック・プレイがどうしても生じない子どもへのプレイセラピーの展開のあり方や,日常生活場面における子どものアクティング・アウトに対応するためのテクニックなど,取り組まなければならない課題は目前に山積している(「取り組まなければならない」と書いたが,実は「取り組みたい」と思ってしまっているため,さらに事態は悪化する)。今回も中間のまとめであるという弁解を繰り返さざるを得ない。
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