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「あとがき」より

 シカゴでユージン・ジェンドリン教授と出会って20年近くになりましたが,初めてお会いしたときの印象が今でもはっきりと心に残っています。とても温かく,紳士的な印象は,おおかたのアメリカ人とは違った「まろやかさ」を感じさせてくれました。生まれ故郷であるオーストリアのウィーン風の身のこなしが今も残っているからではありません。おおかたのセラピストよりも繊細で,小さな心の動きも見のがさず,それと「共にいる」という感覚を相手に与えてくれる人です。その繊細さは,ジェンドリン教授が哲学の先生だからかな,と思ったこともありました。思考過程の一歩一歩,まさに「小さな一歩」を共に歩んでくれる印象をもちました。
 ジェンドリン博士が切り開こうとしている「フォーカシング」という心理療法と自己理解の方法は,アメリカでも,ヨーロッパでも,日本でも知られるようになりました。「フォーカシング」と題した著作は19カ国語に訳されているそうです。しかし,そうやって世の中に広がっていくフォーカシングは,ジェンドリン博士の仕事の一部に過ぎません。一番具体的で,マニュアル的な側面が世の中に広まっていく一方で,ジェンドリンの哲学的・理論的な業績はその陰に埋もれていく印象を筆者はもっています。事実,日本で翻訳されているジェンドリンの著作は,一冊〈『体験過程と意味の創造』(東京ブックス)〉を除いて,どれも実践書なのです〈『フォーカシング』(福村出版),『夢とフォーカシング』(福村出版),『フォーカシング指向心理療法 上下』(金剛出版)〉。これはとてもアンバランスに感じられてなりません。ジェンドリン自身が哲学を専門としてるから,とくにそう思えてくるのでしょうか。
 そこで本書では,これまで埋もれていたジェンドリンの理論的文献を日本の読者に送り出すことを試みました。「理論的文献」とは言っても,本書で紹介しているのは心理療法に関する理論的文献であり,(ハイデガー,アリストテレス,ウィトゲンスタイン,メルローポンティなどに関する)ジェンドリンの哲学論文ではありません。しかしながら,ここに紹介する心理療法論文においては,ジェンドリンの哲学的主張は豊かに表現されています。本書は心理療法家であり,哲学者であるジェンドリンの人間のとらえかた――「人間論」――を提示する内容となっています。どんな心理療法であれ,それらは暗黙のうちに「人間とは,どのような存在か」ということを問いかけています。心理療法は単に技術的な取り扱いの課題ではなく,人間理解の試みなのです。この点に関しては,哲学者であるジェンドリンは,おおかたの心理療法家よりも完成した人間理解の視点をもっていると言えるでしょう。
 本書ではこの視点を前面に出しています。そのため,これまでにわが国に紹介されているジェンドリンの著作とはひと味違った内容を提示しています。これまでのフォーカシング関係著作にはない味付けをご賞味ください。
 しかし,このことをさらに考えると,本書の内容はこれまでに翻訳されているジェンドリンの著作とは違っているばかりか,おおかたの心理療法論とも,前提からして異なっているのです。ここには新しい人間のとらえ方,人間理解の仕方があります。心理療法に感心がある読者ばかりでなく,哲学・思想・宗教学・人間論に関心をもたれている読者の方々にお読みいただきたい内容です。
 個人的なことになりますが,本書によって,筆者のフォーカシング関連著作が完成したようにも思えます。入門書〈『心のメッセージを聴く』(講談社現代新書)〉,実践書〈『フォーカシングへの誘い』(サイエンス社)〉と理論書〈本書〉の三部作で,ある仕事が,長い年月をかけて,完成してきた実感を今,感じています。
 しかし,本書のような著作を日本の読者に送り出すには,かなりの努力と忍耐が必要でした。思想や人間論を楽しんで味わっていただくために,各論文のあとに筆者の(サラッとして読みやすい?!)解説を記しました。解説を先に読んでいただいて,気に入ったところをジェンドリンの論文で詳しく味わっていただいてもよいでしょう。お好きな章から読みはじめるのもよいでしょう(各章は年代の新しい論文の順に並んでいるに過ぎません)。
 それにしても,本書を企ててから発行までに7〜8年を要してしまいました。何度も,いろいろな試みを模索して読者に理解していただける形にして出版社と交渉している期間はけして楽ではありませんでした。この間,筆者は産業医科大学から岡山大学へ,岡山大学から神戸女学院大学へと移りました。本書は3つもの大学に「ついてきた」本となりました。また,残念なことに,翻訳者の一人であられた村瀬孝雄先生がご逝去なされました。先生は約30年前に訳された原稿を細かく再検討してくださいました。ホテルで"inheretly"をどう訳すかと長々,楽しく議論させていただいたことを思い出します。オーストラリアで幼少期を過ごされた村瀬先生,オーストリアで幼少期と過ごされたジェンドリン先生,考えてみれば本書は三人のバイリンガルが世の中に送りだした作品です。言葉では語りにくい,言語を超えたところの「人間である」という感覚と思考を取り扱った内容は,私たち三人には,とくに魅力的だったのかもしれません。
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