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「推薦」

福間病院・精神分析オフィス 松木 邦裕

 ある日の私の外来診察にひとりの女性がやってきました。彼女は自らのための受診という形をとっていましたが,実際の相談は彼女の夫についてでした。
 その夫は,職場ですっかり行き詰まっていて,もうこれ以上はやっていけないと死をほのめかすほどに切羽詰った心境に追い詰められているようでした。かなり強い抑うつ状態をうかがわせました。
 しかしながら,私が彼女の話をよく聞いていきますと,問題はこの二人が結婚する以前のその夫の青年期にはすでに始まっていたのでした。
 夫は「自分の口」が醜いと確信し,絶望し,数十年必死の工夫でそれを人に気づかれないように努めていましたが,もはや限界がきていたのでした。
 私は私が理解するにいたった夫の絶望感に満ちた病態を彼女に説明しようと思い,その糸口を私の頭の中で探しました。このとき,私の脳裏には松尾信一郎先生が翻訳している本書『歪んだ鏡』が鮮明に浮かび上がってきたのでした。この本がいまここで紹介できれば,夫の病態とそれに苦悩する心を彼女に理解してもらうのがとてもたやすくなるにちがいない,と。もちろん,たいへん残念なことに,そのときには本書『歪んだ鏡』は,私の手元にはありませんでした。
 私たちが精神科,心療内科,形成外科,口腔外科などの医療の領域,あるいは心理臨床やカウンセリング,教育といった分野で働いているなら,身体醜形障害・醜貌恐怖・醜形恐怖などと精神医学で呼ばれている,みずからの身体を醜いと確信し怯え絶望しているこの病を知っておくことはとても大切なことです。
 なぜなら,この病に悩み苦しんでいる人たちは私たちのまわりに少なからずいるにもかかわらず,ほとんどの場合彼らは極度の絶望と周囲に知られることへの怯えのあまり,この病を病として語れないのです。ですから私たちの方がこの病についての知識を備えて,彼らの苦しみの有り様に言葉を貸し,理解と共感を積極的に伝えることが大切なのです。
 本書『歪んだ鏡』は,これらの確信的なみずからの醜さに怯え絶望している人たちとの対応をわかりやすく教えてくれる絶好の書です。本書は,専門書としても啓蒙書としても読むことができる,アメリカ文化らしい合理性を備えた好著です。そうであるがゆえに,精神医学の専門家への道を歩んでいる訳者松尾信一郎先生と本書の出会いが翻訳出版という大きな成果としてここに花開いているのです。
 本書を通して,いわれのない醜さに悩む人たちを理解する医療や福祉,精神保健に携わる方たちがひとりでも増えていき,病そのものが病者自身に恐れられないものになっていくことを私は切に願います。
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