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「訳者あとがき」より抜粋

 この本はKatharine A. Phillipsの“The Broken Mirror ―Understanding and Treating Body Dysmorphic Disorder―”を訳したものです。まず最初に,日本語への翻訳を快く承諾してくださいました先生に感謝したいと思います。
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 この本で話題にしているのは,自らを醜いと思い込みすぎるあまりに医者めぐりを繰り返してしまうような人達です。むしろ,そのように医者巡りが出来る人はまだ良いほうで,ひどくなると一歩も家から出られなくなるような人もいます。現在,そういう人に最も適していると思われる精神科的治療を受けることが出来ないまま,いわゆる美容産業のなかで堂々巡りを繰り返し,それに携わる医者もお手上げ状態に陥るような患者,ひどい場合には患者の側から逆にありもしない理由(被害妄想と一般に呼ばれるようなもの)で告訴されてしまって頭を抱えている医師が,数多く見られるようです。私の先輩の言葉を借りると「美容産業のなかで沈殿してしまっている人達」ということもできるでしょうか? この本は,そのような悩みをもつ人,もしくはそのような悩みを抱える人が身近にいる人,家族,今まで少しでもそのような感情をもったことがある人,そしてもちろん美容産業と何らかのかかわりをもつ方々(美容形成外科医,皮膚科医,整形外科医,精神科医,心療内科医,看護スタッフ,エステティシャンetc.)にも,ぜひ一度目を通していただきたい本です。
 この本の目的は,アメリカではかなり一般の方にも知識として受け入れられている身体醜形障害(Body Dysmorphic Disorder=BDD)という病態に関して,多くの人に知っていただくことと,実際に何らかの形で,その病気にかかわりがあると思われる方に,有効な治療法(薬物療法や,認知行動療法など)や,家族,友人の対処の仕方などに関する情報を提供することにあります。
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 この本の内容についても少しばかり述べなくてはいけません。この本は精神科の医学専門書的な趣ではなく,むしろそれ以外の人達を対象として書かれています。そのため内容も今まで日本語で書かれた醜形恐怖(身体醜形障害)に関する本に比べると非常にわかりやすいもので,語り口もやさしく,自分の患者,またそれ以外の,この病気に苦しむ人を何とかしてあげたいという思いが,文章の端々から感じられます。
 もちろん,賛同する点もありますし,疑問点もあります。
 まず賛同する点ですが,それは,著者の患者に対する深い愛情が文章の端々から感じられることです。なんとかして,この病気を世の中の多くの人に知ってもらいたい,そして,このような悩みをもつ人がみんなから理解してもらえるようになってほしいという思いがひしひしと伝わってきます。自分一人で悩みを抱え込んで何もできず,家から一歩も出ることの出来ないような人をこれ以上増やさないように,余計な手術を繰り返してかえって苦しみを増すことのないようにと,皮膚科など,他科の医師まで巻き込んで奮闘される姿はこれから自分も手本としなくてはならないと思わせられるに十分なものでした。
 ついで,疑問を感じた点ですが,精神科医のなかは,この本で著者が提唱しているBDDの新しい概念,つまり,「あくまで,みずからの身体において自分が思い込んでいる欠点に対するとらわれの問題であり,それに関してどのくらい患者が洞察が出来ているかという程度の違いである。それには妄想的なものからそうでないものまで幅広いスペクトラムがある」という考え方には異論を唱えたくなる方もいらっしゃるでしょう。……
 また,著者は,BDDの治療に関して精神分析的な療法を意味がないと切り捨ててしまっている観があります。根底の問題を明らかにするのは後にしておいて,まず薬物療法と,認知行動療法により,実生活におけるADLの向上を計る,そして本人の認知の面,ひいては内的な思考傾向にまで影響を及ぼすことができれば,と考えているように思えなくもありません。ある意味,内的な問題は不問にするといった態度と言ってもいいかもしれません。そのほうがいいような患者がいるのも確かですが,精神分析的な療法が適した患者もいることもまた確かなのでは,と思われる方もいらっしゃるでしょう。
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 もちろん,そのような疑問,反論,欲求不満をお感じになった方には,金剛出版から出版されている鍋田恭孝先生の『対人恐怖・醜形恐怖――「他者を恐れ・自らを嫌悪する病い」の心理と病理――』,あるいは,マガジンハウス社から出版されている町沢静夫先生の『醜形恐怖――人はなぜ「見た目」にこだわるのか――』など,その他のこの疾患に関連する書物を読まれてみることをお勧めします。また別の視点からの考え方がわかり,助けになるでしょう。
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松尾 信一郎

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