「刊行に寄せて」より

 長年,世界の,また日本のフォーカシングの発展に貢献されてきたジェンドリンの待望の書が翻訳刊行されたことを心からお祝い申し上げる。私は,本書が,新しい発展期を迎えている日本のフォーカシングや心理療法の発展に大きな役割を果たすことを確信している。
 日本語版序文でジェンドリンが触れているが,日本のジェンドリン研究は,1966年,ジェンドリンの「体験過程と心理療法」が村瀬孝雄編訳で出版されたことにはじまる。その後,筆者らの努力で,1978年と1986年の2回にわたり,ジェンドリン博士夫妻を招いた。この2回の来日時におけるジェンドリン夫妻の献身的なフォーカシングワークショップにおける体験学習・デモンストレーションの指導とご夫妻の持ち味の異なった在り方は,私どものフォーカシング学習に多大の影響を与えた。1978年をフォーカシング元年,と私は呼んでいるほどである。以後,20年を経過している。
 ここにジェンドリン博士の心理療法に関する集大成ともいえる本書が刊行された意義はきわめて大きく,心理臨床の専門家向けの待望の書である。
 上巻でジェンドリン博士自身の序文,池見陽氏の監訳者解説に,「今なぜフォーカシング指向心理療法なのか」を含め本書の特徴はあますところなく記されている。
 下巻は,フォーカシングと体験過程的方法を通して心理療法の統合的視点を提出するというたいへん挑戦的な提案が,理論的かつ具体的に述べられていて迫力に満ちている。心理臨床の場でじっくり取り組みたいものである。
 最近,日本でも精神分析と分析心理学の交流,クライエント中心療法とコフートの自己心理学の類似点などが学会のシンポジウムで取り上げられてきている。大学院生をセラピストとして養成訓練していく際,次々と現われる新しい技法や流派の洪水の中で,統合が大きな課題であり,現実からの要請でもある。このような状況にあって,本書が出版されたのは誠にタイムリーであり,村瀬孝雄,池見陽,日笠摩子氏らのご努力に感謝申し上げたい。
 私はロジャーズとジェンドリン両先生に親しく接する機会を持つ幸運に恵まれてきたし,両先生の共通点と相異点に関心を示してきた者である。両者に共通している点は,一流派を超えた心理療法理論を構築しようとしてきたところにあると思っている。
 周知のようにロジャーズは,セラピストの態度の三条件にたどりついた。本書でジェンドリンは,心理療法はセラピストの用いる技法と同一視されたりするが,心理療法を構築しているクライエントの多様な体験という視点から,統合の糸口をつかんでいく。
 彼は流派を統合していくといっても,いくつかにまとめてしまうといった不可能なことを考えているわけではない。まず4つの手順を提案する。第1は流派の枠をはずすことを提案する。諸派の中には名称だけ異なっているが,同じ技法はたくさんあるので整理できる。第2の提案は,各技法の使い方を十分検討することの必要性を説いている。各流派の主要な枠をはずしてみると,本当の相異が見えてくる。第3は諸流派の枠の流派ごとの説明を取り除く。臨床の実践は実は流派でも技法でもなく,具体的なものである。心理療法を構成しているのは,種類の異なる多様な体験であり,これをジェンドリンは臨床の道筋(therapeutic avenue)と呼んでいる。これは,例えば,イメージ,ロールプレイ,対人相互作用,筋肉運動などのことを意味している。技法を道筋という視点から再整理すると,道筋について学べばよい。第4は,どの道筋もフェルトセンスに至る道筋であり,フェルトセンスが道筋をつなぐものである。一定の形の心理療法にフェルトセンスを取り入れてその道筋を体験過程的にしていく方法とフォーカシングを基盤にしたセラピーでは,すべての道筋を取り入れながらできることを具体的に示している。からだへの取り組み,ロールプレイ,体験過程的夢の解釈,イメージ,情動のカタルシスと再体験,現実の中で一歩踏み出すこと,認知療法,超自我を体験過程的にとらえる,前向きに生きる方向,価値観,生命体は自らを満たすなどの道筋を,フォーカシングと体験過程の理論に従って再解釈してみせてくれている。
 ここでは,セラピストとクライエントとの関係のところの一部に触れておくことにしたい。
 ジェンドリンは,関係性が何よりも優先されるべきであるとするロジャーズの主張はまったく正しいと肯定する。傾聴もフォーカシングも安全な人間関係が成立してはじめて効果を持つものである。心理療法では関係が第一,傾聴が第二,フォーカシング教示は第三にくると明言している。
 ロジャーズの三条件の「純粋性(genuiness)と無条件の肯定的関心」は論理的には矛盾しているようだが,彼は,クライエントの愛せないところではなく,必死に闘っている人に対して無条件の肯定的関心を向ければよいと提案している。さらに,ロジャーズ派の傾聴が,紋切り型になって,セラピストがそのうしろに隠れてしまうということを鋭く指摘している。
 体験過程やフォーカシングの視点から,クライエント中心療法の傾聴を取りあげ,「私は傾聴をロジャーズよりもはるかに中核的なものとして重用する」とし,それは傾聴こそ他の人の体験に触れていくために必須であると考えるからであると主張する。
 このようにロジャーズを肯定しながら,傾聴だけでなく,さまざまな道筋をフェルトセンスをかなめに組み込んでいけるとみるところにロジャーズになかった独創的な展開がみられる。
 ……(中略)
 本書はジェンドリン博士の心理療法に関する著作の集大成であるし,フォーカシング,フェルトセンスを中核とした心理療法を統合する視点を提案した挑戦的な著作である。心理療法の社会管理的役割と心理療法の本質を問うという課題も提示している。心理療法の専門家はもとより,心理臨床を専攻しようとする大学院生たちにぜひ読んでいただきたい。

1999年3月 村山正治