「あとがき」より

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 あとがきとして,心理臨床家としての私にとっての本書の意味を整理しておきたいと思います。
 私にとって本書は,非常にたくさんの,細かく微妙な臨床の知恵がちりばめられている書物でした。いたるところに,セラピストとして,言葉にならないまま実践している,あるいは実践したいと思っているような,いろいろな具体的配慮がわかりやすく丁寧に言語化されていました。逐語の解説の一隅にある言葉や脇道のような微妙なフレーズにも知恵や配慮が潜んでいます。これらは皆さんそれぞれに実際に読みとっていただくしかありませんが,本当に細やかで豊富な,現実的秘訣の宝庫だと思います。
 本書全体から得たことで何より大きかったのは,セラピストとしての姿勢がとても楽になったことです。ジェンドリンは,セラピストは間違えるのが当然で,クライエントに間違いを正してもらいさえすればいいと言います。セラピスト側のどんな理論や解釈や想像よりも,クライエントの体験過程こそがクライエントの一番確かな現実です。そして,それを尊重し,そこを要とすればいいと言うのです。ここには地に足のついた安心感があります。クライエントの体験過程を尊重することさえきちんとできていれば,そこからは生を前進させる方向性が生まれるのです。また,体験過程を試金石にすることで,セラピスト側も萎縮せず,試しにいろいろな援助や配慮を自由に柔軟に提案できます。もちろんクライエントがセラピストの発言を訂正したり提案を拒否できるような関係を作ることは,それほど簡単ではないかもしれませんが,それでもクライエントの体験過程に教えてもらうという姿勢は楽ですし,安心感があります。そのような安心感をセラピストが持っていることは,相互作用を通してクライエントにも通じるのではないでしょうか。
 相互作用ということも繰り返し強調されている点です。技法よりもそこで実際に起こっている具体的な相互作用こそが重要であるというのです。「フォーカシングはときに,純粋に『精神内界的な』セラピーだと誤解されている。そんなものは存在しない。相互作用は常にセラピーの必須要件であり,すでに述べてきたように,フォーカシングはその場の相互作用という大枠の中で進行するのである。その相互作用の雰囲気によって,フォーカシングは違う内容を生み出すし,違う結果に至る」(上巻188頁)のです。
 これは,特に心しておきたいことです。セラピストが何かを教えたり技法を使うなど積極的に援助的介入をする場合には,その教える内容は正しくても,教えるという具体的な相互作用そのものが教える内容に反するものになる場合があります。例えば,「自己主張的になりなさい」ときびしく押しつけるような場合です。心当たりがあるだけに,注意したいと思いました。
 具体的相互作用としてクライエントが尊重され肯定的に受容されるのは,傾聴されるという体験であること。その場でのセラピストとの具体的相互作用が受容的なものでなくては,クライエントは自分の内側に受容的な態度を向けることなどできないこと。クライエントの中で,自分とフェルトセンスとの相互作用のなかから体験的一歩が起こるというフォーカシングを支えているのは,セラピストとクライエントの具体的相互作用であるということ。これらは,クライエント中心療法としてロジャーズが提唱している態度とまったく重なることですが,それを一層,納得できたように思います。
 もう一つ,心しようと思ったのは,新しい技法や手法を積極的に身につけていきたいということです。下巻は「心理療法の統一のために」と題され,現在百花繚乱のさまざまな心理療法の流派や技法を,体験過程をかなめとして統一的にとらえ実践していくための方略が展開されています。クライエントの必要とクライエントの体験過程を進展させ,生を前進させていくためには,夢やロールプレイや行動療法等々,いろいろな治療の道筋になじんでいくことがセラピストとしての柔軟性を広げていくために必要であることを実感しました。新しいことを学ぶことにしり込みしがちな私も,もう少しいろいろな道筋を学び,なじんでいきたい気持ちになりました。
 フォーカシング指向心理療法は,今までの流派と袂を分かつという形の療法ではありません。どんな療法とも組み合わせ,統合的に用いることができるものです。言ってみれば,どんな技法を得意とする人であれ,その技法がクライエントの体験過程の中でどういう効果をもっているかに注目し,クライエント自身にそれを感じてもらうことさえすれば,フォーカシング指向セラピストだと言えるのではないでしょうか。そして,それは,どの流派の人であれ有能なセラピストなら暗に行っていることに違いありません。その暗に行っていたことに,ジェンドリンが「フォーカシング指向心理療法」という名前をつけたのです。しかし,暗にあったものに名前がつくことで体験過程は推進されます。ジェンドリンの心理療法の経験の蓄積がこうやって言語化され出版されたことで,心理療法の実践が新たな一歩へと前進し,さらに豊かに効果的になっていくことを期待しています。
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 最後に,本書を通じてフォーカシングに関心を深められた方々に,次の組織をご紹介します。フォーカシングやフォーカシング心理療法の研修や研究についての情報を得る場としてご利用ください。
 フォーカシングとフォーカシング指向心理療法が皆さんの生活や臨床に生かされますように。

訳者を代表して 日笠摩子


・日本フォーカシング協会
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なお,日本・精神技術研究所・心理臨床センターでは定期的にフォーカシングのワークショップを開催しており,また個人指導も受けられます。
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