「はじめに」より

 どんな旅でも,ありふれた一歩から始まるものだ。本著に向かうための私たちの最初の一歩は,1989年のことであった。マーフィは,危機に立つ多くの生徒を扱う地方区,ケンタッキー州コヴィントン独立公立学区のスクール・サイコロジストであった。ダンカンは,困難なケースの受け入れで知られる研修施設でもある,オハイオ州デェイトン家族療法研究所のセラピストであった。
 その研究所で学位修得後の研修をマーフィに手配する際に,私たちは出会った。それ以来,私たちには明らかに,多くの共通点が見られた。第1に,人が変化するのを手助けするのに何がうまくいくのか,を求めて情熱を燃やしたこと。第2に,学校や他のカウンセラーがサジをなげ,また自分自身もあきらめている多くの生徒と共に取り組んで,しかもそれを楽しんできたこと。「困難な」クライエントが,介入のための最高の教師であると知ったこと。そして,学校の問題を変化させるのに何がうまくいき,何がうまくいかないのかについて貴重な教訓を得たこと。第3に,二人とも専任のカウンセラーであり,学校の問題を解決するのに,生徒,親,教師とともに取り組む場合の多くの制約と挑戦について,肌で知っていたこと。私たちは双方とも,理論とか論文のうえでは良いように思えるが,現実世界では効果がないアプローチに耐えられなかった。科学者であると同時に実践家でもありうると,私たちは確信していた。実証的な研究成果を,現場の日常の仕事の中で活用できると信じていたのである。
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 本著は,主にスクール・サイコロジスト,カウンセラー,セラピスト,ソーシャル・ワーカー,研修中の学生,学校で勤務するその他の人々のために書かれたものである。科学者兼実践家向きであるため,大学院での学校に関わる介入やカウンセリングやコンサルテーションのテクストとして大いに有用である。本著は学校カウンセラーの見方から書かれている。だが,短期介入の考えと方策は,学校管理者や教師,親にも十分受け入れられてきた。
 用語について最初にはっきりさせておきたい。「クライエント」という言葉は,本著では,カウンセラーが学校の問題を変えるためにともに取り組む人々,つまり,生徒や教師あるいは親に用いている。「学校カウンセラー」という言葉は,スクール・サイコロジスト,カウンセラー,ソーシャル・ワーカー,セラピストなどの学校の問題解決に関わる幅広い専門の人々を含んでいる。「カウンセリング」,「コンサルテーション」と「介入」との間には区別を設けていない。というのも,これらはどれも共通して,変化を求めているからである。「介入」は,本著で終始用いるが,カウンセリングやコンサルテーション,そして,その他の学校の問題を変化させる活動を含んでいる。
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 本著で述べた原理や実践を適用したおかげで私たちは,より有効に,より楽しく仕事ができるようになった。短期介入はあらゆる学校の問題に対する万能薬ではない。すべての答を用意しているわけでもない。しかし,生徒や教師や親が学校の問題を解決するのを助けるために,いくつかの答とはっきりしたガイドラインを,提供するものである。
 本著では,最も強力な変化の因子を,実用的な介入アプローチに結びつける。みなさんやクライエントがこのアプローチから恩恵を受けることを期待したい。実際,みなさんがどれだけ実践して下さるかに,本著の正否はかかっている,と私たちは思っている。この本を読み進むにつれて「学校の問題を解決する生徒や親や教師は,何とすごい資源に満ちているものか」と,みなさんが感動されることも期待している。このことは,私たちも感心させられ通しなのである。
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