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「発刊にあたって」より

(兵庫教育大学教授)上地安昭


 ここに,「ブリーフセラピー」の注目すべき新たな訳書が誕生した。近年,わが国における短期心理療法への関心は高まるばかりである。その背景には,従来の心理療法の主流である精神分析療法や来談者中心療法および行動療法では充足されない,現代人のニーズに応える新たな心理療法の誕生への期待があったと理解される。
 つまり,昨今の「ブリーフセラピー」の台頭の背景には,従来の心理療法の革新をねらうつぎのような事実があると推察される。
 (1)近年,クライエントは可能な限り経済的,時間的に過度の負担のかからない範囲の短期的心理療法を求める傾向が強くなっている。
 (2)治療者の態度も,クライエントの要求を可能な限り受容する立場で,治療技法を選択する傾向が認められる。
 (3)無意識の解明をねらった伝統的精神分析療法から,意識レベルの現実的問題の解決に重点をおいた自我中心の心理療法への著しい治療法の変遷が進行中である。
 (4)治療的心理療法もさることながら,より広範囲のクライエントを対象にした予防的心理療法の開発と実用化が求められている。
 (5)治療者とクライエントの治療関係を,可能な限り短期的に終結し,後はクライエント自身の自己治癒力による回復を期待することが,より有効な治療のあり方であるとの認識が一般化しつつある。
 このような実状のもとでのわが国における「ブリーフセラピー」への関心の高まりの中で,これまですでに数多くの関連原書と訳書が出版されていることは周知の通りである。これらの文献の中でも,本書はきわめて明確な治療理論と実用的な治療技法を提唱しており,注目に値する内容の専門書である。
 本書の「ブリーフセラピー」の基本原理は,「特定の時間枠の範囲内で,特定のタイプの機能障害を解決するために,特定の技法を用いる」ところにある。つまり,セラピーの全面接回数を8回を標準とした短期間に限定し,DSM-Ⅳの診断カテゴリーの適応障害のクライエントを対象に特定化し,認知行動主義を基盤とした解決志向の治療技法に徹しているところに,最大の特徴があると理解される。また,原著者は,「治療者は患者の診断や治療のために行うすべてのことに責任を負わねばならず,臨床の場で行われることはすべて正当性が明確に示されねばならない」との立場を主張し,実証的心理療法の構築に努めている点が評価される。まさに,本書の「ブリーフセラピー」は,従来のあいまい模糊たる内容の心理療法への反省を込めて,きわめて論理的かつ体系的にマニュアル化された実用的な治療法である。 さらに,本書の内容のもうひとつの特徴は,「セルフセラピー」として位置づけた点である。原著者は,「セラピストの努めとは,本来,自分を悩ませている状況を変えるための最良の方法を患者自身が見つけられるよう手助けすることである」と述べ,「患者が自らの中にある資力を用いて自分の人生を豊かにできるよう,セラピストが手助けすることによって,クライエントの『セルフセラピー』が生まれる」と力説している。本書における「マネージメント・ケア」としての「ブリーフセラピー」と,この「セルフセラピー」は一見矛盾した内容のごとく受けとられないこともない。しかし,論理的には一貫しており,現代の医療制度の社会的ニーズに適合した現実適応的心理療法故の技法的特徴であることも十分理解可能である。
 結論として,本書は解決志向の技法を用いた「ブリーフセラピー」の実践的学習書として,心理療法の専門家はもちろん初心者の方々へも,是非おすすめしたい名訳書である。
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