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「はしがき」

 Pathographie(病跡学)という学間の名は,一般にはまだ耳なれないかも知れないが,それはそれなりにすでに百年近い歴史を有する学問であって,それはひと言でいえば,精神病理学ないし精神医学を手段としての文芸研究と定義することができるものである。
 しかし,周知のごとく,精神病理学ないし精神医学は,自然科学の一分野として,くり返される事象を対象としてそれらのなかに共通の法則を求めるという方法をとるのに反し,文芸研究は,人文科学の一分野として,あくまでも一度かぎりの(einmalig)な事象としての作家ないし作品を取扱い,それらが他といかに異る独創性(Eigenartigkeit)を有するかを指摘するのを目的とするものであるから,この両者は方法論的にまったく逆の方向をとる学問であり,この両者の統合をはかる病跡学というひとつの学際領域の学問は,当初からひとつの方法論的矛盾ないし困難を内包しており,同時にそこにひとつの限界をもつことは,あらかじめ覚悟してかゝらねばならない。
 たゞ,そのような限界を承知の上で,しかし,この病跡学が文芸研究の新しい一局面として,内外多方面の文学者や芸術家の人と作品について,さまざまの重要な知見をひろげ,より突っこんだ理解を深めている,その成果には近年著しいものがある。
 
 1888年12月末からのNietzsche(ニーチェ)の発狂を,ひとつのまごうかたなき事実として受取っている一般のニーチェ研究者たちにとって,こうした病跡学にかける期待ないし最大の関心事は,なによりもまず,それまでに書かれた膨大なニーチェの作品そのものの中にも“病的なもの”の痕跡は存在するのか,そして,もしそうならば,いったいどの年代のどの作品にまで“病的なもの”を辿ることができるのか,そして,さらに,もしかしたらニーチェ哲学の代表的根本概念のいくつか,たとえばder Ubermensch(超人)とかdie ewige Wiederkehr(永遠回帰)とかの形成過程の中にまで病的要因の関与が認められるかどうかということであろう。
 そして,なおこの場合,もし病的要因がニーチェの作品中に認められるにしても,果して病的なものは,それが病的であるという理由だけで哲学的・文学的評価の対象から除外すべきものか,それとも“病者の光学”とニーチェ自身言っているように,“病的なもの”にも別の新しい意味での哲学的・文学的価値を認めるべきではないのか,という非常に重大な,同時にむずかしい問題がのこされることになる。
 これは,つまり,哲学・形而上学の“聖域”にどこまで自然科学的方法で立入ることができるのか,という問題でもある。
 
 いずれにせよ,しかし,このような諸問題についての検討考察は,ニーチェの病気の診断名の決定の問題とともに,第二,第三章にゆずることにして,それに先立ってまず第一章では,これまで入手できた限りの資料にもとづいてニーチェの病態像と病歴の,可能な限り広汎で正確かつ詳細な把握と記述を行いたいと思う。というのも,K. Jaspersも言うように,まず当該対象者の病的症状の,先入観のない,純客観的Beschreiben(記述)があらゆる精神病理学的考察の第一前提条件であるからである。
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