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「まえがき」より抜粋

 心理臨床をめぐる現実は,今のところまだまだ安心できない状況が続いている。それは,臨床心理士という職種がまだ国家資格になっていない,ということに尽きる。私たちが十数年前に日本心理臨床学会を作り,そして,それを基盤に,日本臨床心理士資格認定協会なる財団法人組織を作って十年を閲するのに,である。でも,情勢は刻々と変わりつつあり,ひょっとして,この本が巷に出る頃には,そうしたことが実現していることも有り得るかもしれない。いい方向に事態が進むことを念じて,今,これを書いているのである。
 本書のタイトルを決めるにあたって,迷うことなく,『心理臨床と表現療法』としたのには,筆者なりの思い入れがある。内容からみれば,更に,表現病理学なり,病跡学的なものも入っているが,あえてそれを冠せず,こうしたのは,今の私自身の姿勢を明らかにしておきたかったからである。つまり,この諸論文を書いた時点では,むしろ精神科医であることの方が多かったのであるが,私自身は,この三十有余年間ずっと一貫して,心理臨床と精神科領域の中間の道を,二河白道のごとく歩んできたのであって,今ではむしろその方向ははっきりと,「心理療法」という方法論の追求と,心理臨床という「場」に立ち向かっているのが現実なのであるから……。でも,これらを書いた時点では,精神科医としての視点や立場からのものも見られるというより,それそのものから書いたのだった。しかし,お読みになって,すぐに分かられる通り,私自身はつねに一貫して,クライエントと共に生きる姿勢を保ってきたつもりであり,その立場に相違があるとすれば,それはいつも言うように,私に給料を下さる場に規定された差異に過ぎず,私自身の向かう方向は常に同じであった,と思うのである。また,「表現療法」という標記を用いて,あえて,「芸術療法」という言葉遣いをしなかったのには,やはり,私なりのこだわりがあって,ここでは,前者に落ち着いた。それは本文中のどこかに書いていることでもあるので,ここでは重ねない。
 さて,ここに私があちこちに書いてきたいくつかの論文が並んで一冊の書物になる,というのは,著者としては本当に嬉しいことである。もとより各々の論文は,それぞれに時機があって,あるものは編集者に要請されて書き,あるものは偶然の出会いの結果生まれ,あるものはやむにやまれぬ内的な突き上げがあって書いたもので,筆者にとっては,そのいずれにも深い感慨と,いくたのそれに纏わる思い出があるが,こうして,一冊にまとまって晴れがましい着物が着せられてみると,お互いにはまったく関係のなかった各々の論文が,まるで当初からある論理的意図を持って書かれたかのごとき印象を与えるのが,一見不思議でもあろう。でも,いずれも,形式や内容はもちろん,文体も異なるのに,考えてみれば当然ながら,すべて私自身から出たものであるので,内的に徹るものがあることは当たり前のことなのだ。
 ここに集められた諸論文は,ほとんど初書きと言っていいようなものから,つい最近に至るものまであるが,大部分はもうとうの昔に書いたものが多い。にも拘わらず,こうして読み返してみると,今の心理臨床や精神科臨床のお役に立てそうなものもあると思われるので,あえて,こうして上梓する次第である。……
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