「まえがき」より抜粋

 私が初めて集団精神療法を体験したのは1960年代の後半に入ってからだった。当時,大学の病棟で始められた,今になって思えばコミュニティ・ミーティングに参加したのがその体験である。毎朝繰り返されるグループの中で,何が起きているのか,何をすべきなのかを追いつめられたような気持ちで考えつつ,じりじりしていたことを今でも体が覚えている。そのうち自分が患者と少しも違わないと感じ始め,グループに出席するのさえ辛くなっていった。そうした時にグループの仲間たちとその辛さを毎日のように話し合ってきたことが唯一の救いだった。どうしてこんな体験が患者の治療に役立つのか不思議でならなかったし,集団精神療法そのものについてもその効果を理解していたわけでもないし,それを教えて下さっていた先生のやり方や能力についても頭から信じていたわけでもなかった。コンフロンテーションという言葉をはじめて聞いたのもその頃のことだった。そして時代はまさにコンフロンテーションに突入していっていた。
 そして唯一の救いといってもよかった医局の仲間たちとの話し合いというよりは愚痴のこぼし合いすら,大学紛争の嵐の中で消えていってしまったのである。
 紛争の中で次第に孤立していく自分を慰める,あるいは守るためにも集団精神療法についてもっと知らなければと思うようになった。孤独の中で集団精神療法,言い換えると拠って立つ足場,あるいは帰属できる集団を求めたのだと今になって分かる。
 しかし集団精神療法に関する参考書は図書館にもなく,わずかにAmerican Handbook of Psychiatryに載っていたパウダーメーカー女史の総説を手がかりに雑誌の論文を読みあさったのである。そうした中で,マックスウエル・ジョーンズやフークスの論文に出会い少しずつ知識を広め,理解を深めていったように思う。
 残念ながら文献で得る知識と,毎日のグループ体験はどこか違う。目の前のグループを理解するためには文献の知識はほとんど役に立たず,違いだけが私の神経に突き刺さるようになってしまい,ますます苦しくなった。その苦しさの中で手紙をマックスウエル・ジョーンズに書いた。どうして先生が論文に書いているようにグループが進展しないのかという私の問いに対して,彼は親切にいろいろな示唆を与えてくれた。しかし答えは結局ない。その答えは,「君はどう考えるのか,自分でその答えを見つける以外に方法はない」というものであったのだろう。
 それから30年,私個人も集団精神療法体験を積み重ねきたが,周りを見回すとわが国のあちこちで私より以前から,あるいは同じ時期から集団精神療法の経験をしている人々が相当の人数になり一つの力になってきているように感じられる。何よりも精神医療のあり方が大きく変わり,グループの理解や経験なしにはまともな臨床活動ができないような施設が――デイ・ケアもそうだし作業所もグループ・ホームもそうだ――精神福祉医療の中心になってきている。精神病院の治療のあり方だって集団精神療法やグループを取り入れることによってまだまだ良くなる余地があることは誰の目にも明らかである。集団による圧力をかけることでなく,皆で話し合っていく中から新しい生活空間を創造することが,精神医療をもっともっと豊かにするに違いない。
 このハンドブックは,精神医療の現場にかかわりその中で集団精神療法やグループについて考え実践してきた方々の経験と知恵を集めたものである。
 精神医療や福祉に携わる人たちにとってこの本が一つの手引きになって,新しい集団精神療法やグループ・ワークを産み出す原動力になって欲しいと願うのである。
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鈴木純一