「翻訳者まえがき」より

 本書はマーク・セリコウィッツ(Mark Selikowitz)著“All about A.D.D.”(Oxford University Press, Australia, 1995)の翻訳である。著者セリコウィッツはオーストラリアのシドニーで個人開業の発達小児科コンサルタントで,『読字障害その他の学習困難』,『ダウン症の現実』などの著書がある。著者自身が最初の章で記しているように,ADDは最初,注意欠陥障害という名称で記載されたが,その後,米国では一九八七年発行のDSM‐Ⅲ‐R以降はADHD(注意欠陥多動性障害障害)の用語が使われている。著者があえてADDの用語を使用しているのは,注意集中の困難や注意転導,落ち着きなさ,衝動性,学習の困難,自尊心の低さ,反抗的行動など多岐にわたる臨床像全般を記述するためと考えられ,実際にはADDとADHDを同義に用いられているので,表題および文章の訳文は我が国で慣用されているADHDとした。この障害はオーストラリアでは五歳から一八歳までの子どもの5%から15%に及んでおり,親たちや保健の専門家の意識も高まってきてはいるが,世間ではなお広く誤解されているという。
 本書はこのようなADHDについて専門的内容を親や教師にも理解できるように平易に解説している。ADHDは高頻度でLD(学習障害)を合併し,しかも協調運動障害(不器用さ)を伴っていることが多い。学問的に両者はADHDとは別の病態ではあるが,本書ではこれについても充分なページ数を割いており,ADHDの子ども全般にわたっての対処にまで及ぶ,まさに実用的な書物と言えよう。さらに,平易な臨床面の解説だけではなく,最新の生物学的知見にもしっかり言及しており,いわば,ADHDに関するハイクラスのポピュラー・サイエンスの書と言える。
 いうまでもなく,児童精神科の臨床では子どもの親や教師の協力がなければ治療は一歩も進捗しない。ADHDをはじめとする,さまざまな病態の子どもの精神科臨床に携わる者として,親や教師と,お互に同一の知識レベルでADHDのことが分かり合えることになればそれだけ臨床的対応も実を結ぶことになるし,教育の現場でADHDの子どもの扱いの難しさに振り回されたり,他の教師や親たちに誤解されている現状が改善していくであろう。ADHDについても生物科学的研究が進んでおり,その解明が待たれる一方,本書が広く読まれることによってADHDの子どもが正しく理解され,適切に指導・教育されるようになって,子どもたちが二十一世紀の社会の一員として貢献できるまでに成長していくことを願っている。
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訳者 中根 晃・山田佐登留