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「序 文」より

 日本における精神保健福祉行政を展開する上で,基本法としての性格を持っていると考えられた「精神衛生法」が抜本的に改訂され,名称も「精神保健法」に改められてから十年余りが経過した。この間に何度かに渡る部分的な修正が行われ,今日では「精神保健および精神障害者の福祉に関する法律」(略称,精神保健福祉法)として次第にその役割を明確にしつつある。「精神保健福祉法」に示されている基本理念は第一に,精神障害者の権利擁護と社会復帰の促進にある。確かに,従来の「精神衛生法」が精神障害者を一般社会から隔離することの方に重点を置いていたかのように思えるのとは異なり,「精神保健福祉法」の成立以来,精神障害者を取り巻く環境と状況には相当好ましい変化が起きていることは事実である。かつて呉秀三が指摘したごとく,わが国においては精神の病と闘うだけでなく,偏見と差別との闘いによって長いこと苦しめられてきた人々が,ようやく社会の一員としてあたりまえのように生活をし,自立する道筋が示されるようになったと考えられる。その流れが今後ますます強くなっていくことを願わざるをえない。
 しかしながら,この法律が目的の中に掲げているのは,精神障害者の処遇に関することだけではないということにも注目してみる必要がある。第1条において,「国民の精神的健康の保持及び増進」と「国民の精神保健の向上を図る」という言葉でそれは示されている。だが,ここでいうところの「精神的健康」であるとか「精神保健の向上」というのはどのようなことをさしているのだろうか。言うまでもないことだと思うが,「精神保健」であるとか「心の健康」といった言葉が示すものは単に,疾病概念的にとらえられるところの病気ではない,ということだけを示しているわけではない。例えば「他者への信頼感」「生きがい感」「幸福感」といったものから疎外されていない,ということがまず「心が健康である」ことの証しとなっていくだろう。「精神保健福祉法」がはたしてその辺の認識と,共通のコンセンサスを持ってこれらの言葉を使っているのかという点になるといささか疑問である。現代社会は社会環境の急激な変化や価値意識の大きな変容によって次々とストレスがもたらされ,人の心身に大きな疲弊状態が生じていると指摘されている。その結果,心に生じた歪みがさまざまな問題を引き起こしている。家庭や家族の絆が減衰したことにより,家庭内暴力であるとか虐待といった病理行動が生じるようになった。学校社会ではいじめや不登校が急増し,教師や同級生をナイフで殺傷する事件や校内暴力事件が新聞紙上に載らない日は無いと言っても差し支えない。地域社会の崩壊は隣人との交流を失わせ,それとともに悲惨な出来事が次々に起こるようになってきた。働く職場においては,技術革新の進行とともに競争原理が強められ,さらにはリストラの影響なども加わってストレスから心身症状を表す人たちが増えている。自殺に追い込まれていく人もまた少なくない。これらのことはすべて「心」に歪みが生じ,「心の健康」が疎外されていることを示している。こうした今日的な精神の健康の保持と増進に関する具体的な対応策は,残念ながら「精神保健福祉法」からはいまだ浮かび上がってこない。わずかに「相談指導」を行なうことの必要性が提示されているにとどまっている。心の健康を保持することが難しく,ましてや増進など望むべくもない現実を目の当たりにする時,はたしてこれで良いのだろうかと思わざるをえない。
 本書は,従来見られた「精神保健=精神病にならないこと」であるとか「精神病の理解と対応を学ぶこと=心が健康に保たれる」といった発想からではなく,私たち一人一人が,いつ陥っても不思議はない「心の歪み」というものに焦点をあて,歪みをもたらすと考えられる社会病理と精神病理のそれぞれについて,臨床経験の豊かな執筆者が説明を試みたものである。教育や福祉,医療の現場に働く人と,これからそうした分野で働くことや活動することを志している学生やボランティアの人たちにとって十分に勉強することが出来,参考にもなるものとして書かれている。さらに,「心の歪み」を抱え悩んでいる人にとっても参考となる点が多く書かれていると思う。ぜひご一読されることをお奨めしたい。
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