「はじめに」より

 本書で述べようとすることの背景には「コミュニケーション理論」がある。1956年に発表された二重拘束理論で最初に示された考え方である。グレゴリー・ベイトソンがリードした米国ではパロ・アルト・グループと呼ばれた研究プロジェクトを唱えた。ここでいう「コミュニケーション」とは思想や感情の伝達といった日常語にもなって,ともすれば研究者の間でも無反省に使用されているそれとはおおよそ異なるものである。
 詳しくは本文でゆっくり述べさせていただくが,われわれはコミュニケーションとは複数の人間の間で交わされる広義の「言語による行動の相互拘束」であると定義して著書を書き進めた。
 背景に,もうひとつある。ド・シェイザーらが唱えた「例外」という概念である。しかし,筆者らはこれを「拘束からもれる拘束」と定義して考えを進めた。つまりは本書に述べたさまざまなケースへの介入は一見,多様に見えるが,実は「拘束」というたったひとつの概念を武器にして工夫してきたセラピー群であるといっていいものである。
 筆者は二人になっているが実際には二人が共通する仲間みんなで書いたものといってよい。1984年以来,わが国で実践し,海外でも報告し,さらにまた工夫を重ねてきた方法である。あれから15年を超える時間が経った。本書で紹介したわれわれの方法が物まね以上の水準に達しているものかどうか,ご判断をいただければ幸いである。
 できあがってみると,内容にやや盛りこみすぎの感じがする。また反対に「ソリューションバンク」という,おそらくこの15年のわれわれの研究の中でも最も重要な発展のひとつであり,ド・シェイザーらも「べたぼめ」を辞さないでいてくれる活動の紹介に,本書の全体の文脈はやや不適切であると思われて多くを割愛せざるを得なかったこともある。
 しかし,筆者らは楽観している。なにしろまだ若い。ひとりはこの分野の研究者として立ったばかりである。彼自身が期待するさらに若手の研究仲間も続いている。今後の目標も幸い明確だ。理論的には,例えば,家庭内暴力を彼の家族がすでに所有している非言語,例えば父親の「指パッチン」だけで軽減できるはずという見通しを持っているのである。

 長谷川 啓三