「訳者まえがき」より

 摂食障害は身体の病気であり,こころの病気であり,時代の病気である。患者さんが受診する診療科や相談機関も多岐にわたっている。臨床像も,軽度の一時的な食欲不振から,生命の危機にかかわるような深刻な状態までさまざまであり,抱えている問題も,個人的な問題,家族の問題,対人関係の問題,あるいは人格発達の問題などきわめて多様である。治療法も,これまで個人精神療法,行動療法,認知療法,家族療法,集団療法,薬物療法などの数多くの方法が提出されてきたが,いずれも決定版とはなり得ていない。これは,多面的,多次元的な疾患に対して,一人の治療者が単一の方法のみで対応することは,もはや限界がきていることを示している。それでは,私たちにどのような対応が求められているのだろうか。そのような疑問を抱えていた時,訳者の一人である傳田は,ロンドン大学精神医学研究所,モーズレー病院ならびにベスレム王立病院に留学し,摂食障害病棟における入院治療と外来の摂食障害家族療法セッションに参加する機会を得た。
 ベスレム王立病院の摂食障害病棟では,毎週1回,本書の著者であるジャネット・トレジャー診療部長の診察が行われる。1日4〜5人,1人に約1時間をかける。主治医,担当看護婦,臨床心理士,作業療法士,家族療法士などからなる治療チームのスタッフが集まった部屋に患者さんと家族が招き入れられ,体重の目標,病棟生活の問題点,外出・外泊の計画,退院後の生活などについて徹底的に話し合われる。自分の言葉で表現することが苦手な患者さんは自分の要求を紙に書いてスタッフに配ったり,書いてきたものを読み上げたりして自分の要求や希望を懸命に訴える。うまくアピールするために,予め担当看護婦と作戦を練ってくる患者さんも多い。家族もさまざまな疑問や意見を率直に投げかける。それに対して,ジャネット・トレジャー診療部長やスタッフがそれぞれの立場から,穏やかにかつ懇切に応えていく。可能な限り患者さんの要求は尊重するが,基本的なルールに関しては毅然として決して妥協しない。スタッフすべてが集まるため,必然的にすべての事柄がオープンとなる。入院当初は治療すべてに拒否的であった患者さんが,次第に安心感を覚えるようになり,治療意欲が芽生え,変化が生じ,充実感を感じはじめ,確実に体重が増加していくようすは,非常に印象的で大きな感銘を受けた。ジャネット・トレジャー診療部長の人柄も影響して,病棟の雰囲気はとても活発で明るく,生き生きとしていた。「協同作業」とはこういうものなのかと痛感させられた。
 以上のような臨床をもとに書かれたのが本書である。病棟の雰囲気と同様に,本書の内容は,とても具体的で,分かりやすく,ユーモアにあふれ,何といっても徹底的に本音が語られている。草稿の段階で,多くの患者さんと家族に読んでもらい,修正を繰り返し,たくさんの意見を取り入れたのだという。それゆえ本書には,私たちが真に知りたいこと,すなわち,彼女たちは何を考え,何を望んでいるのか,問題をどう認識させたらよいか,抵抗にあったらどうするのか,食行動にどう対応していくか,自分が変わっていくためには何をすればよいか,誰とどのように協力して行くかなどの問いに対する具体的な解決策が,きら星のように散りばめられている。摂食障害という決してあなどってはいけない病気からまさにサバイバルするために,本人,家族と専門家が協力して立ち向かっていくための至極のガイドブックであると思われる。
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2000年2月 傳田健三