「訳者あとがき」より

 本症の患者さんの治療に携わる中で,その症状のインパクトもさることながら,とにかく多彩な側面が存在していることに驚かされる。本症の患者さんが抱えている問題は,個々の人格的問題,家族など周囲の人たちとの関係,社会や文化の影響,身体に直接もたらされる生理的な影響,他の精神症状の合併など数えあげればきりがないほど多様である。そして長く診ていくと,それぞれが時期や経過によって現れたり消えたりしながら,場合によってはその人個人の生き方やありように収斂していくことさえもありうるのだ。その立ち直りの過程は,さまざまな意味で本人や家族,そして社会それぞれが生存――サバイバル――をかけた闘いともいえるかもしれない。
 こうした病気の特徴を反映してか,この病態と治療についての理論は多数存在する。しかし,具体的に何をすればよいのか? 何がしていけるのか? どう働きかければよいのか?といった実際的な問いに,さまざまな理論を統合した視点で偏りなく答えたものは少ない。さらに,本症の治療に取り組む場合,ともすれば本人,家族,治療スタッフの間に分裂あるいは対立が生じてしまうことが少なくない。たいていの場合そこでは,情報の混乱や不足が生じていたり,それぞれの問題意識が共有されておらず,周囲の思惑と患者本人の望むことの間に「ずれ」が生じていることが多いように思われる。残念なことに,生存をかけた闘いが,疑心や怒り,傷つけ合いに満ちてしまうことも稀ではないのである。したがって,本症の治療を難しくしてしまうことの一因は,患者さん自身が自分の問題を認識しずらく,彼女らを取り巻く周囲の人々も病気の本質を正しく理解しずらく,個々が振り回されがちとなってしまうこととも言える。
 本書では,関わる人,治療者そして何よりも患者本人が情報や知識をオープンにして問題を共有し,援助するといった構造が全体に通底している。それぞれがまず問題点を認識し,役割を明確にしながら,一方的ではなく共に協力しあっていく「協同作業的」姿勢が貫かれているのである。そこで開かれた知識と情報は,偏った仮説や理論でなく,きちんとした実証的証拠に基づき,広くコンセンサスを得た最新のものといえる。飢餓による精神生理学的な影響から,背景にあるさまざまな心理的問題,生物学的問題,そしてフェミニズムまでをも含んだ社会文化的問題までさまざまな因子が,豊富な症例を交えながら懇切に自信を持って語られている。それは,決して一方的な語り口ではなく,あくまでも「協同作業」の中で問題点に気づき,確認し,それを互いに共有し,それぞれの立場で今ここでなすべきことを考え,行動につなげていくという過程である。それは,決して口で言うほど平坦な道のりではないが,それぞれの場面ごとに具体的な方法が丁寧に書かれている。そこでは,最新の認知行動療法に基づき,問題解決技法,イメージング,ロールプレイ,解決指向的アプローチなどといったあらゆる技法が駆使されながら,決して一つに偏ることはない。今できることから,可能なことから一歩一歩という基本が貫かれていることは,本症の治療に明るさと希望を持ち込んでいるように思われる。また,問題を認識しずらい病態であることに対する工夫として,拒食症という病態を「拒食症の分身“ミンクス”」という概念を使って外在化し,できるだけ客観視しやすいよう巧みな工夫がなされていることも見逃せない。「治したい,治りたい」という気持ちはそれぞれ共通であり,本書では,常に家族,本人それぞれの健康的な部分に語りかけていくことで,力を統合していこうという意図が浸透しているように思われる。おそらく,実際の治療場面においてもこうした雰囲気が浸透していることが容易に想像できるのである。
 結局,治療的取り組みの要諦は,問題の認識の「ずれ」や情報の不足をいかに補い合い,それぞれが互いにどんどん「正直」になっていく中で,本人自身の問題解決への取り組みを周囲がどれだけ援助していけるかにかかっているのかもしれない。こうした意味で,本書はまさに「皆が問題を共有して協力して事態に取り組む」という当たり前だが最も困難な点に対し,それぞれの人の間にある溝を埋め,正しい情報を提供するのに利用できる格好の「道具」となりうるのではないだろうか。本書が,終わりが無いかのような長いトンネルのごとき闘病の旅路を,希望の灯火となって明るく照らし,力になってくれることを切に願うものである。
 最後にこれまで治療に携わらせていただいた患者さんとご家族の方々に心より感謝申し上げます。