「監訳者あとがき」より

 本書は,Strategies for Mental Healthシリーズの1冊としてRoutledge社から出版された Managing Stress in Families (1993) の全訳である。著者は,Ian R.H. Falloon, Marc Lporta, Grainne Fadden and Victor Graham-Holeの4名である。この4名は,精神科医,臨床心理士,認知行動療法を担当する看護職など専門こそ違え,いずれも統合型地域精神保健サービスのモデルとして有名な英国バッキンガム・プロジェクトのスタッフとして名を連ねている(水野雅文他監訳『インテグレイテッド・メンタルヘルスケア』参照)。
 本書は,『インテグレイテッド・メンタルヘルスケア』とほぼ同時期に出版されたもので,彼らの治療哲学である精神疾患を生物心理社会の三つの次元から見て統合的治療を目指すこと,多職種からなるチームが科学的な証拠に基づいた治療的アプローチを行うこと,そして何より在宅での加療に重点を置くこと,などが両書に共通して認められている。
 しかし,本書の出自はさらに大きなネットワークの中にある。本書は,かつてのFalloonの同僚がいみじくも私に言ったように,イギリス,アメリカ,ニュージーランド,そして現在はイタリア,そしてときに日本にも現われるなど世界各国を「飛び回っている」。生活技能訓練で知られるLiberman教授とお会いしたとき「行動療法的家族療法」は自分たちが1970年代に夫婦療法を行う中で編み出したものであると話された。本書でも,この治療法は1975年モーズレー病院においてFalloon,Libermanを含む人々によって創始されたものであることが記されている。Falloonは1980年代前半には,Leffらの感情表出の研究とも呼応しつつ(三野善央,牛島定信訳『分裂病と家族の感情表出』参照),精神分裂病に対して行動療法的家族療法を行い,再発予防(遅延)効果を証明した。彼やAndersonらのアプローチは心理教育的アプローチと総称され,今日では1980年代の精神分裂病に対する主要な成果の一つに数えられるに至っている。当時,彼はFromm-Reichmannらの分裂病の家族因説を批判し,家族は精神分裂病を治療するときの大切な資源であること,治療は家族の欠陥ではなく,既に有する強みを出発点として行うものであることなどを高らかに宣言した。われわれは,1993年UCLAのGoldstein教授のもとで行われた心理教育セミナーに,当時埼玉県立精神保健総合センター総長でいらっしゃった木戸幸聖先生らと参加したとき本書の存在を初めて知った。われわれは当時Goldstein教授らが行っていた躁病に対する家族心理教育的介入の技法を感心しながら学習したが,その技法こそ,まさに本書に述べられているアプローチそのものだったのである。
 本書に述べられている治療法は,精神分裂病に対する成果を踏まえ,1990年代以降により広い精神疾患や行動上の問題に対して家族単位で取り組むための行動療法的アプローチとして一段と洗練されたものである。本書を一読していただければお分かりのように,精神分裂病の再発を論じる際のキーワードになった感さえある感情表出(Expressed Emotion)という言葉はほとんど登場しないし,向精神薬による治療も特に必要なときに行う特別な治療法の章で記載されている。むしろ不安に対して安易な向不安薬などの投与を戒めるなど,本書の随所に行動療法の面目躍如たる面が見られる。
 その一方で,精神的,身体的疾患や問題行動に家族が世帯単位で立ち向かおうとするときに身につけるべき基本技術があることが説かれる。それがコミュニケーション技能であり,また問題解決技法である。これらの技術は,決して奇をてらうものでも,新たに開発されたものでもない。むしろ問題解決技法などは,アメリカの高校で体験的に教えられ教養として共有されているものであるらしい。著者らは,こうした「当たり前の技術」を提示して,「実は当たり前のことが難しい」「当たり前のことができれば問題解決できる」と説くのである。このため家族メンバー全員が本気で課題に取り組むことが目指される。具体的には,治療が他ならぬ自分自身の目標達成のために行われるべきこと,何事であれ事前に治療的意義をしっかり納得すべきこと,が重視される。すなわち教育的プログラムは,単なる情報提供としてでなく行動の動機付けという明確な目的意識のもとに行われるのである。
 本書は,行動療法的家族療法を行う際のきわめて実践的テキストとして編まれている。その特徴は何より本書の構成に明らかである。すなわち,本編で治療法が詳述された後,このアプローチに要する治療技術の整理と,治療に当たって実際に使用可能なシートの見本を含むガイドが長い付録として付けられている。それは本文約180頁に対して付録約80頁という破格のものである。幸い今回は,金剛出版のご厚意でこの重複とも見える付録を全て収録することができた。この長い付録は,実践的に有用であるというに止まらず,およそ「治療」と名の付くものに「専門家」として取り組む際に自覚すべき厳しい姿勢について,われわれの襟を正させるものである。実践テキストではあるが,本書では正攻法の力強さに加え,われわれの盲点をつくような発想も楽しむことができるはずである。
 Behavioral Family Therapyの訳語としては,既に「行動主義的家族療法」「家族行動療法」があり,またほぼ同義の用語としてBehavioral Family Management「行動療法的家族指導」がある。本書では,「療法」の重複をいとわず,原義に近いと思われる「行動療法的家族療法」を選んだ。そのほか,なるべく類書の先訳の用語に従ったが,既に複数存在している場合など適宜選択して採用した。
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訳者を代表して 白石弘巳