訳者あとがき

 学校は本来安全な場所だと私たちは信じてきた。しかし,その学校が近年突発的な危機に直面する事態が多々生じてきている。例えば,死(事故,自然災害,事件,病気,自殺等による),急病(食中毒や環境汚染等による),ケガ,暴力,性的虐待,いじめ,アルコール・薬物乱用,妊娠,盗難,授業妨害,授業放棄,暴動,学級崩壊,情報パニック(脅迫電話や電子メール,手紙等による)等の危機である。現在,これらの危機は年毎にわが国のどの学校にも起こりうる可能性が高まってきている。
 ちなみに,数十年前のわが国の児童生徒の学校での問題行動と言えば,喧嘩,盗み,喫煙,服装の乱れ,授業中の私語,ガムを噛む,騒ぐ,廊下を走る,紙屑を捨てる,列の順番を乱す等であった。これらは本書の冒頭にもあるように,かつての米国の学校においても全く同じような状況にあったとのことである。しかし,21 世紀を迎える今日,特に米国においては学校危機の問題はより深刻で,麻薬の乱用が絡んだ銃乱射事件や暴力事件等,生死に関わる惨事が学校内で頻発しているのが現状のようである。
 このような重大な危機事態に対し,学校にはどのような対応が必要とされているのか。危機を事前に予測し,その発生をくい止める予防的対応はどうあればよいのか。危機が生じた場合の直後の緊急的処置のあり方はどうあるべきか。また,危機の拡大を防止し二度とこのような危機が発生しないための予後の対策をどうすればよいのか。さらには,このような危機事態への対応において,学校のスタッフは,それぞれ誰が,どのような役割を担い,また責務を果たすべきか。緊急事態における学校外の専門機関や地域への連絡,支援の要請はどのように行えばよいのか。本書は,原著者等による学校現場での学校危機に関与した豊富な実践的経験に基づいて,このような学校の危機介入の実践的プランについて詳細かつ具体的に解説している。
 本書からわが国の学校関係者が学ぶべき事項は多い。最も大切なことは,すべての学校教師が危機意識を高め,危機対応への事前の準備を十分備えておくことである。そのためには,「学校の危機介入」をテーマにした教師対象の研修を行い,学校危機に関する基本的な知識を習得するとともに,危機対応訓練実習を体験することが切に望まれる。本書には,その研修のための参考資料がふんだんに盛り込まれている。
 さらに,本書を参考に,わが国の小,中,高等学校等すべての学校にそれぞれ危機チームが構成され,学校危機への積極的な取り組みがなされることが期待される。その危機チームの構成メンバーの役割について,参考となるひとつのモデルの概要は次に説明するとおりである。

1)学校管理責任者(校長・教頭)による学校内の統制と指揮,教育委員会(教育長)への連絡及び報告,事件・事故の記録。
2)生徒指導係や生徒会担当係を中心とした全校生徒への連絡,指導および支援。同時に担任によるクラス単位の生徒への対応。
3)教頭を中心にした教職員同志の綿密な連絡と会議。
4)教頭あるいは総務・教務主任による保護者への連絡と協力要請。
5)養護教諭や保健係による学校内での救急処置と医療機関への連絡と支援の要請。
6)管理職や生徒指導係による警察や行政機関への連絡と協力要請。
7)スクール・カウンセラーや教育相談係および養護教諭等による心のケアと専門機関への連絡と支援の要請。
8)管理職によるメディア(報道関係者)への報告と対応。
 なお,米国の学校における危機チームのそれぞれの教職員が果たすべき業務内容について,本書ではより詳細かつ具体的に解説している。
 従来わが国の学校における危機対応は,主に火災や地震,洪水等の自然災害といった防災教育訓練や交通災害への備え(安全教育)を目的に実施されてきた。しかし,これからの21世紀の高度文明社会においては,むしろ予期せぬ社会的災害(人為的災害)によってもたらされるであろう児童生徒の心の危機の問題を重大に受け止める必要がある。これらの危機へ関係者が適切に対応すれば子どもたちの心の傷は深まることはないが,対応の仕方によっては心理的外傷体験として将来にわたって深刻な事態を招くことが心配される。それ故,危機への対応は万全を期す必要がある。
 本書ですでに述べているように,危機はその語源のとおり,生死に関わるきわめて危険な状態であると同時に,その危機を克服することによって,それ以前の状態よりもより強力になる,あるいは成長する好機でもある。その意味では,危機への対応そのものが重要な学校教育の課題であるとの認識が必要である。
 本書ができるだけ多くの学校カウンセリングの専門家をはじめ学校関係者の方々にとって学校危機への一層の関心を高めるきっかけになれば,誠に幸いである。
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