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推薦の言葉

 この度,林幸司君(城野医療刑務所・医療部長)の精神鑑定実践マニュアルが出版されるに当たり,序文を求められたので一筆書かせていただく。
 精神鑑定は人間を理解する方法としてはきわめてすぐれた場であり,精神科医に目常の臨床ではめったに得られない貴重な経験と洞察を与えてくれるものであるにもかかわらず,一般精神科医にとっては面倒で厄介なものと思われている。それは鑑定の手続きや鑑定書作製の形式,さらに鑑定書提出後の証人尋問といった裁判の過程が精神科医になじみが薄く,とくに証人尋問では鑑定結果に不満な検察官あるいは弁護人から攻撃と言ってもよいほどの激しい質問が浴びせられるからであろう。私が城野医療刑務所長としての仕事の合間に精神鑑定をしていたころ,林君は医療一課長として私を補佐してくれていたが,私は彼に鑑定助手を依頼し,鑑定の手ほどきをし,証人尋問のさいの私の経験を説明していたのである。
 林君は生来冷静沈着で文献の原典に当たることに忠実であり,当時から私は教えられることが多かったが,本書のスタイルはまさに彼の性格を現している。一時的な感情に走ることを戒め,冷静に犯罪と犯罪者の実態に迫り,しかも精神医学の限界をわきまえて正しい裁判に協力すること,そのための創意と工夫が随所に示されている。文章は平易簡潔でありながら,独特の記述があって目から鱗が落ちる思いをさせられる。多くの鑑定人にとって不快な経験である証人尋問にいかなる態度でのぞむべきかを論じた第4章「証人尋問対応マニュアル」と第5章「証人尋間ライブ」はとくに出色のもので,林君の考えに安心し共鳴する鑑定経験者は少なくないはずである。
 林幸司君は私の母校母教室である九大医学部および九大精神科教室の後輩であるが,犯罪者の心理を知る点で矯正精神医官にしくものはないという私の信念からも,本書がこれから精神鑑定に取り組もうとする若き学徒に最良の道標であることを疑わない。
 平成12年10月

前・城野医療刑務所長,医学博士 糸井孝吉

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