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序に代えて
精神鑑定は時代を映す鏡ではない

 凶悪で信じがたい事件が起こるたびに精神鑑定が話題になる。長年鑑定に携わった医師としてこの世界が陽の目を浴びることに水を差すつもりはない。しかしこのままでは鑑定が誤った方向に向かいそうな危惧も覚える。見慣れない犯罪にマスコミが勝手に銘打った「心の闇」というブランドに裁判官もうろたえ,鑑定に回され,解明を迫られる。しかし,他人の心の中など誰が覗き込めるだろう。精神医学はいつのまに読心術扱いされてしまうようになったのだろう。
 素人の勝手な期待や好奇心に引きずられることなく,いかに異常な出来事に対してもとにもかくにも精神医学の手法を駆使し,論証可能な形に整えて取り扱う。そうでなければ蓋然性の保証にならない。歴史を紐解けば碩学が時代の風潮に流されて言わずもがなの蛇足を加えた苦い事例もある。鑑定が空想や個人的時代観の発表舞台とされては困るのである。
 耳目を引く派手な事件の時ばかりに鑑定が取りざたされ,鑑定はスター精神科医の独壇場という誤解が横行していないだろうか。もっと平凡な,しかし鑑定医を必要とする事件は枚挙に暇がないのである。本書には42例を収録したがそれでも著者の経験の2割に過ぎない。ローカルエリアでも余りある出来事に,どこでも鑑定人探しに苦労しているのが実情である。鑑定人となりえる人々には,精神鑑定につきものの種々の大げさな表現に臆することなく,日常業務の一環のようなつもりでこの分野に臨んでいただきたい。それを可能とするために徹底的に実践レベルに照準を当てて書き下ろしたものが本書である。
 精神鑑定は時代を映す鏡である,それも真なり,しかしそれは科学に裏打ちされた誠実な鑑定の蓄積によって歴史となった後に語られるものであろう。
 本書は医学書であり,週刊誌的な興味を満たすものではない。中には心の闇扱いされかねない事例もあるが,そのような不可解な事例をもいかにして精神医学の枠内で取り扱える形に整え処理してゆくかを説き解いた。平凡な議論に好奇心は満たされないかもしれない。しかし鑑定は科学の応用でなければならず,時代性を超えてこの姿勢は維持されなければならないと確信する。天才による追随を許さぬ難解な論考ではなく,著者のごとき平凡な臨床家による営為の積み重ねが精神鑑定の共同牧草地となれば望外の喜びである。

 林 幸司

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