もどる

あとがき

 私は,この30年間にわたるフィールド・ワーク中に,二度ショッキングな体験をした。一度目は,1973年に私がアヤウトラ村で精神分裂病の調査を開始したときのことである。比較文化精神医学の全盛期で,非西欧文化圏での分裂病の調査に関心が払われ,近代化とともに分裂病が増加する,分裂病は西欧文化により引き起こされるなどの報告が多くなされていた。
 この時,私の心をとらえたのは,電気,水道,学校,そして,近代医療機関のない中米の先住民の集落での分裂病者の姿であった。西欧的視点では,前近代的な未開地とされる先住民の農村で,彼らは隔離されることなく長閑な生活を送っていた。閉鎖病棟で何十年も暮らす日本での分裂病者を見ていた私には,大変なショックであった。少なくとも,現在のソーシャル・サポートに匹敵するシステムが機能していたのだ。しかし,そのことに驚きはしたものの,私の関心は近代精神医学的方法論を駆使し,良好な予後を規定する因子を解明することに終始した。その反省は今回スストの問題を考えるに際し,少しは生かされたと考えている。
 もう一つのショッキングな体験は,マリア・サビナとの出会いである。サビナは,ヴィジョンのリアリティの豊かさとともに,“知者の本”に従い病いを治すと教えた。私は,彼女にその本を一度見せて欲しいと,真剣に頼んだことがあった。その時,サビナは傍らにあった2個の卵を手に取ると,呪文を唱えながら頭のてっぺんから足先まで力を込めて撫で,清めを行った。私は,アマテ(木の皮をなめした古代の紙)に書かれた知者の本は,実在するとその時まで信じていた。しかし,知者の本は,物質として存在しなかった。神に祈ると頭上からきらきらと輝く白い文字が降るように落ちてくる,彼女はその文字の教えるままに病いを癒すというのである。つまり,先住民の伝統的文化の力が,蓄積された彼女個人の豊富な知識と経験を活性化させる。彼女は私に,科学的思考と異質な思考の存在とその価値を教えた。
 そもそも文化とは,その時代を生きる人たちが,より快適な生活を求め創造されるものである。それ故に,熟成続ける文化により,好むと好まざるにかかわらず同時代を生きる人たちは,その思考や行動様式をモディファイされる。もちろん,医療文化も例外でない。人間は苦悩を解放するために医療文化を育み,その医療文化に内在する癒しの力は,同時に自然な形で受け入れられるようにと人間に働きかける。それ故に,人間の病いで文化依存的でないものはないといえる。
 20世紀後半,近代科学,そして医学は高度に発展を遂げた。しかし,その一方私たちは日常の臨床の場で,治療者と患者や家族間での臨床的リアリティのギャップに愕然とする。しかもそのギャップは深まる一方のように思われる。近代医療が内包するさまざまな問題点を真摯に受け止め,私たちが文化と心のフィールド・ワークの場で培ってきた知識を生かして,次代の医療文化を,そして精神医療を築く一つの歯車を動かす力となることを願って編み上げたのがこの一冊の本である。
……

編者を代表して 宮西照夫

もどる