まえがき

 ここに書こうとすることは,私が長年精神科臨床に携わってきて,その重要さや意味をとくに強く感じている「面接」とその「治療的意味」についてである。私も多くの臨床家同様,臨床場面では常々精神療法と薬物療法を武器にしてきた。その間,この数年「面接」の大切さを痛感しており,今回,若い精神科医,心理士にそれを伝え,経験を積んで十分おわかりの方々にはあらためて「面接」の意味を整理していただければと願う次第である。
 「治療としての面接」というタイトルは,数年前から自然に私の脳裡に浮かんできたものである。浮かんだあとで思い当たったのは尊敬する土居健郎先生の『方法としての面接』である。臨床家の必読書ともいうべきこの著作にもちろん私自身は大きい影響を受けており,類似の名称を用いるのは不遜のそしりを免れないと思われる。しかし本書は,私なりに経験し,考え,感じたものを記述するものであり,本書のタイトルと同様に自分の中で醸成したものであることをお断りして土居先生はじめ読者の御寛恕を乞いたい。
 さらに読み進んでいただけばわかるように「面接」が精神科臨床の独自の方法論であることはもちろんであるが,それにとどまらずいかに治療的意味をもつか,あるいは逆にいかに有害に働くかを私自身の経験をも含め,多くの先輩,後輩の精神科医,心理士の方々の現場で実際に見聞して痛感して来たことが底流にある。数年来このタイトルで数回ほど方々の精神科医や,心理士の研究会等で話させていただいたが,幸い大方の共感と多くの反響を聴衆の年齢,専門を問わずいただいた。そうした機会の質問や感想を含めて書き下したのが本小論である。お読みいただくだけでも喜びであるが,さらに忌揮のない御批判をいただければ望外の幸せである。最近内科医を主として,一般身体医師からも「医療的面接」の重要さを指摘する声が高い。また国試にさえ出題される勢いである。本書はそうした面すべてを考慮に入れているわけではないが,医師−患者間の面接の基本にあるところは確固としたものであることを述べていきたいと思う。
 
 筆者自身について
 どのような著作でもそうであるが,ことに精神科臨床,精神療法を語る場合は,筆者の人間性が露呈される。そこでいっそのこと読者の理解のために,私自身の臨床歴を簡単に記すことにする。興味のない方は,本論にお進み下さって結構である。
 まず東大医学部精神科,通称赤レンガ病棟で4年間過ごした。もちろん精神科臨床の初歩を教わったのであるし,秋元波留夫教授以下多数の優れた先輩,同僚,後輩がおられたのであるから,もちろんさまざまな影響を受けた。しかし本当に臨床に目覚めたのは,内村祐之先生の晴和病院においてである。ここで躁うつ病,神経症,初期分裂病の症例を多く経験し,内村先生の診断を学んだ。次いで都立松沢病院でハードな精神医療に出会った。どちらの病院も勤務年限は短かったが,松沢病院では,その後約15年外来を経験させていただいた。同じ頃お茶の水女子大学の学生相談室で,いわゆるカウンセリングから重症の精神疾患のケースまでを経験した。
 その後十有余年前から現在まで,自分自身で,さらに若い人々に教える立場で,豊富な症例の診療に当たっている。ここであらためて記しておきたいのは,私が若い時に学んだ大教授の先生方と異なり,現在も私自身が診断し,治療を続けているということである。外来では殊に難しい症例を私が受け持ち,入院では若い受持医とディスカッションしながらともに診療しているのが実状である。またこの39年間さまざまな精神病院や企業の病院,相談室で実にいろいろの経験を積むことができた。しかし生来怠惰なせいで,こうした臨床について語ったり書いたりしたことがほとんどない。筆者の論文といえば主に生物学的研究領域が大半で,いわゆる生物学派と見なされている。しかし本人は臨床医でもあると思い,実践してきたつもりである。このことに関して臨床と生物学的研究の問題あるいは個と普遍性の問題なども含めていずれ書いてみたい。
 精神療法に関しては,土居先生のセミナーにわずか(おそらく3回ほど)出席させていただいた位である。しかし土居先生と河合隼雄先生の御著書をかなり拝読し,御講演を拝聴して多くの影響を受けているであろう。土居先生のセミナーでは,中井久夫氏が14歳の男の子のチックの症例を提示され,最後に絵の中トビウオを描き,「海の世界はいいもの陸の世界はいづらいや」との少年のみごとな報告をされたことが印象に残っている。この症例提示に土居先生はじめ出席者皆々が感嘆されたことも鮮明に記憶に残っている。しかもこれが中井氏の最初の症例発表であった。最近古い書類を整理中に,中井氏自筆のテキストプリントが出て来た。あらためて読み直して再度感嘆した。氏に電話して確認したところ,よく記憶しておられ,症例のお話をされた。ここにこのようなエピソードを書くこともご了解いただいた。
 また,私自身が強く影響されているのは,Peter LomasのTrue and False Experienceで,たまたま宇野昌人先生からいわれて翻訳し,『愛と真実』として出版した(訳が拙劣でこれも改訳したく思っている)。また本書執筆にあたって,土居先生の先の御著書や神田橋條治氏の『精神療法面接のコツ』他ももちろん参考にさせていただいた。
 このように,私の面接あるいは精神療法はいわば独学に等しい。しかし精神療法というものが個人に属するもので,精神療法家が100人いれば100通りあるといわれながらそれでいてそこに普遍的な妥当性がなければならないとも思い,私の考え方や実践もその将外ではないと思いつつ,本書を著わす次第である。大方の御批判を乞いたい。
  2000年3月

 鈴木二郎