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はじめに

 本書は,ミルトン・H・エリクソンMilton H. Ericksonが家族をどう扱い,子どもたちをどう治療したかについての,彼との対話集である(本書は全3巻からなる対話集の第3巻であり,第1巻は個人療法,第2巻は夫婦療法がテーマとなっている)。また本書には,付録として,エリクソンの半生についてインタビューしたものが採録されており,これにより今まで公刊されていなかった彼の伝記について知ることができる。
 エリクソン博士にまだ馴染みの薄い読者にとっては,本書は,エリクソンの考えや彼の治療アプローチについて知る良い機会となるであろう。また,エリクソンに関する書籍はすべて読んだという読者も,本書によって彼自身の生の言葉に触れることができ,同時に,おそらくは新しいことをもそこに発見するであろう。本書に出てくるケースのいくつかについては,すでにご存知のものもあるであろう。というのも,私はすでに“Uncommon Therapy” (Norton, New York, 1973) の中でそれらを取り上げているからである。またエリクソンが別の人にそれを語り,その人がすでに紹介しているケースもある。本書は,エリクソン研究に携わる者にとって,エリクソンが実際に語ったことと,それを聞いた人がまとめ記したものとを,相互に比較検討できる良い機会を提供している。
 本書に採録されている対話は,1958年から1961年の間に行なわれており,これは当時まだ始められたばかりの家族療法に関するグレゴリー・ベイトソン研究プロジェクトの一部であった。この研究プロジェクトは,治療的変化の性質を広範に研究するものであり,その一環として,数年間にわたってエリクソンの催眠および治療についての研究を行なっていた。そのような研究目的というだけではなく,私およびジョン・ウィークランドはそれぞれに臨床実践もやっており,したがってもちろん治療の進め方を学びたいという実際的な関心があった。それはベイトソンとて同じことで,彼もプロジェクトの一部として,家族と共にする治療を行なっていたわけで,研究的関心と家族への対応に関する指針を得るという両方の気持ちがあったのである。
 本書の最初に掲載されている家族全体との治療に関する対話は,1958年に行なわれている。そんな昔の話だということを,そしてわれわれ質問者の側は,まだ家族を扱い始めて間もない初心者であったということを,読者は心に留めておいて頂きたい。われわれが初めて家族全体と面接を行なったのは,1956年であった。1957年の4月頃までには,私も家族面接を行なうようになっており,われわれはそれを家族療法と名づけた。当時,家族全体と面接を行なっていたのは,われわれの知る限りせいぜい1人か2人であった。1955年の初め,別の件でエリクソン博士と話をしていたときに,彼が家族との治療を行なっている人物の一人であるということを知り,そこで彼の治療アプローチに関する情報を収集し研究しよう,またわれわれが家族に行なおうとしている治療についての助言を求めよう,ということになったのである。他に相談できる人物はいなかった。
 ここでこのようなことを語っているのは,われわれプロジェクト・メンバーが家族に対する見方として当時述べていたことは,全くの初心者のものであり,そして今日われわれが持っているものとは違う,ということを強調しておきたいからである。実際,われわれのしているコメントや質問の中には,今思えば赤面してしまうものすらある。その多くは,現在の研修生たちが私をイライラさせるときのコメントと同種のものである。当時のわれわれは,家族に対してかなり否定的かつ悲観的で,しばしば反−親,反−母親的であった。さらに重要なことは,当時われわれは研究上の記述というものと,治療に必要な考えというものの二つを混同して考えていたのである。家族のコミュニケーションを記述することは,必ずしも家族に変化を引き起こそうとする際の助けにはならなかったし,また,研究のための理論と,変化のための理論は同じではないということを,われわれはまだやっと気づき始めたばかりであった。言い訳するならば,当時われわれはまだこの種の治療をやり始めて1年も経ってはいなかったし,また,扱っていたのが最も困難なタイプの家族――分裂病入院患者の家族――だったのである。
 今,この対話集を読んでみると,明らかにエリクソン博士はわれわれの言うことに困惑し,じっと我慢していることがわかる。われわれが家族に関して複雑で否定的なコメントを発すると,彼は「君たちの治療ゴールは何だ?」とか,「君たちが言っていることと,君たちがやろうとしていることはどう関係しているんだ?」などという質問をわれわれに投げ返している。彼は変化を引き起こすための取り組みについて強調しており,しかるにわれわれは,哲学的とは言わないまでも,家族に関する研究的記述の方に関心があったのである。
 この対話集は家族への対応に関するエリクソンの見解を引き出すためのものであって,質問者の側の見解を披露するためのものではない。家族療法一般に関することにしても,分裂病患者を持つ家族に対するアプローチに関することにしても,私の考えは現在と当時とでは違ってきている。今は,妥当な治療ゴールとは,問題となっている若者が普通に機能できるように援助すること,またそうなるように家族が組織されるよう援助すること,と考えている。これはまさしく,当時のエリクソン博士の見解である。われわれが家族と家族コミュニケーションのあり方について話し合うことが重要だと言っていたときに,彼は若者と家族を切り離し,普通の生活ができるように援助すべきだと強調していたのである。これは今日の良識ある治療者が行なっていることであるが,しかしここまで来るのに,様々な困難家族との試行錯誤の繰り返しがあったのだということを読者は覚えておいてほしい。エリクソンの場合は,この対話がもたれる以前に,すでにそうしたステップを踏んできていたわけである。
 この対話を録音した目的は研究メモのためであって,エリクソンの考えを世界に知らしめるためのものではなかった。したがって,話は系統的でもなく完結しているわけでもない。また,いろいろな邪魔が入って,話はしばしば中断した。その中断は,電話が鳴ったとか休憩とかの一日の間の話であったこともあるし,何日も間が空いたこともあった。ここでの話はおおむね,古い年のものから順に新しい年のものになるように配列されている。
 この対話記録はアリゾナ州フェニックスのエリクソン財団に保管されているので,さらに研究を進めたい方は,財団に問い合わせされるとよい。

1985年 ジェイ・ヘイリー

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