本書の刊行に寄せて

 まず最初に,W・H・オハンロンO'HanlonがM・マーティンMartinの協力のもとで著した『ミルトン・エリクソンの催眠療法入門――解決志向アプローチSolution-oriented hypnosis : An Ericksonian approach』の翻訳書が刊行され,読者の目に触れることを私は心から嬉しく思っています。
 この刊行に当たって,宮田敬一さんの監訳のもとで,この領域について秀でている新進気鋭の研究者,そして実践家でもある津川秀夫さんが念には念をいれた努力をなさったことに畏敬の念を表します。
 著者オハンロン(通称:ビルBill)は,ミルトン・H・エリクソンが1980年に78歳で死去するわずか3年前,つまり1977年に弟子入りしています。当時もエリクソンの教えを請う精神科医や臨床心理などを専攻している取り巻きの人たちが絶え間なく出入りしていました。しかしその年代からの生え抜きはオハンロンであることを認めない人はいないでしょう。
 それは,オハンロンがエリクソンから学んだものを彼自身のものに消化しての臨床家としての多くの経験と熟練が大きくものをいっていることだけではなく,万事に要点を捉えるのに長じた彼の天稟が加勢していると,私なりに彼の臨床的資質を評価していました。
 因みにアーネスト・ロッシは1972年に,ジェフリー・ザイクが1973年からエリクソンの教えを受けています。このことからみてもわずか3年のエリクソンとの関わりで,上記先輩に伍するというか,今や肩を並べるエリクソニアン・アプローチを身につけているといっても過言ではないと思います。
 本書は,そのオハンロンが1987年に南カリフォルニアで行ったワークショップでの記録です。
 それだけに話しコトバという語り口のために,読者はアメリカでのワークショップに参加している気分に浸れますし,オハンロンが彼なりに消化したミルトン・H・エリクソンを読者なりに自分自身のものとして身につけることができると思います。
 話はいささか逸れますが,エリクソンについてエピソードをつけ加えておきましょう。
 1965年,私はアリゾナ州フェニックスの自宅に3泊したことがあります。その時,エリクソンの催眠療法を拝見させてもらいましたが,ペテン師ではないかと思うほど,患者が変化するのに驚いたものでした。それはともかく,エリクソンの奥様エリザベスが,彼のいない別室で次のようなことを私に言われたのをよく記憶しています。
 「ミルトンの治療を見て,教え子が『どうしてこんなに変化するのですか? 理論として解説していただけないでしょうか』という質問には,彼はいつもうんざりしていました。臨床的な資質があると思われる人には,『だってそうなるでしょう』というだけでした。ミルトンは,それから彼なりに何らかを感じとるようにしたかったのでしょう」
 オハンロンは恐らくエリザベス夫人の言った「だってそうなるでしょう」組だったのではないかと,私は想像しています。
 本書では詳しく述べられていると思いますが,エリクソンの技法は,患者の本当の姿(心)を把握し,同じ目線に立っての対応であり,それこそ,理論による操作以前の技法であり,彼の巧みさは,ここに根本があると言えるでしょう。また,患者はもちろん治療者にも言語の底にはもう一つの言語があり,その底には言語をこえて,現実との感応をする音としぐさがあるということをエリクソンは心得ていた,それがエリクソニアン・アプローチの基本だと,私なりに考えています。
 それはさておき,聞くところによると,翻訳者の津川秀夫さんは,監訳者である宮田敬一さんの奉職先の新潟大学の宮田研究室で終日こもって訳の見直しをしたり,大変な翻訳作業であったと思います。その報いが本書の刊行によって読者の目に触れることによって満たされることを期待します。

柴田クリニック院長 柴田 出