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まえがき

 本書は,この十数年にわたって発表した論文のなかで「思春期の暴力」に関するものを集めたものです。親に虐待を受けて育った患者,不登校を叱責されて親に暴力を振るうようになった患者,幼いころから発達に偏りを持ち思春期に入って暴力を振るうようになった患者,症状の一つに家庭内暴力をもつ思春期境界例患者,たちの臨床経験を論文にしたものです。
 私は1997年(平成9年)5月に福岡市中央区で精神科診療所を開業し,不登校→家庭内暴力→ひきこもりという経過を辿る若者の治療を多く経験するようになりました。その中で得たものが以下の4点です。
 第一は,女性患者の場合,予後は明るいということです。女性は男性に比して仲間を求める気持ちが強く,それだけに集団療法などの治療にもよく反応し,社会適応力が男性患者よりも優れています。ということは,男性の場合だと治療が難航するということが言えます。
 第二は,彼らの心理を理解するのに中島敦の『山月記』の主人公李徴が語る「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」がキーワードになるということです(詳細は第1章に譲る)。家庭内暴力は現実生活(学校)での自己愛(幼児的万能感)の傷つきを契機に学校に行かなくなることから始まります。しかし,学校から遠ざかっていては自分の存在を確かめることはできません。彼らは不安と無力感に悩まされ,悪性退行を起こし,親に暴力を振るうようになるのです。その時,親が登校刺激をすると自分の問題が親子関係へとシフトして問題は泥沼化することも多いのです。
 第三は,不登校→家庭内暴力→ひきこもりを続ける患者たちに2つのタイプがあることです。1型は手のかからないよい子で母親に楽をさせる早熟タイプ,2型は幼い頃から発達に偏りがあるタイプです。1型は第9章,2型は第2章と第6章でそれぞれ取り上げています。治療抵抗性や処遇困難例は男性でしかも発達に偏りがあるタイプが大半を示し,早熟タイプには見られません。発達の偏りは幼い頃から見られ,癇癪がひどかった,知的には優れていたが運動能力が劣っていた,多動傾向がありしつけが難しかった,集団活動が苦手で幼稚園で不適応をおこした,言葉の発達は早かったが手先が不器用だった,などといった発達の問題を母親から聞くことができます。そんな彼らが学校で誇れるものを失ったときに不登校を起こすのです。多いのが学業成績であったりするわけです。また彼らが思春期に入り,家庭内暴力を振るうようになると,既存の診断基準を満たさないといった問題がしばしば生じます(第6章で取り上げます)。
 第四は,治療の終結像を描きながら治療にあたることが治療上有益であるということです。それは3歳前後の幼稚園や保育園での適応を両親から聞くことです。母子分離に難があった子どもは独立を目指さない,集団の中に入れないでいた子どもには学校などへの参加を早急に求めない,といったことです(一部は第3章で触れています)。
 
 これからの課題は,治療の場に現れない家庭内暴力→ひきこもり青年の援助だと考えています。講演活動を続けていると,10年以上も親とも口を利かずひきこもり続ける若者の相談が増えてきました。中には親の説得に応じて治療を受けるようになる者もいるのですが,この治療が難しい。少しでも現実的刺激を与えると来院しなくなります。また予約外患者の再来のために1時間近く待たせてしまって次の回からは再び顔を出さなくなる患者もいました。行政に訴える時間と労力は私たち開業医にはありません。福岡市の精神科診療所でネットワーキング・グループをつくり,経営を度外視したサービスを提供することから2001年はスタートしたいと計画中です。
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