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解題とあとがき

 私は,昭和59年(1984年)に福岡大学医学部精神医学教室で二人の師に就きました。一人は当時主任教授の西園昌久先生で,もう一人は当時助教授の牛島定信先生です。第15章の「ヒステリー少年」は1988年に「臨床精神医学」誌に掲載されましたが,論文の体裁をなすまでに2年間かかりました。その理由は私の文章力の貧しさによるものでした。ボキャブラリーが少なく,治療で体験したことを言葉にすることができないので,牛島先生が拙い私の文章を読んで書き直していただくことを5回ほど繰り返しました。それから西園先生に提出するのですが,なかなかゴーサインがでません。牛島先生の手が入った文章に西園先生のコメントを私がそのまま挿入するわけですから,二人の師の朱が入り,もともとの私の文章があってと変な具合になってしまいました。ある先輩から「お前の論文は信号機のようだ。赤になったり青になったり黄色だったり」と笑われたこともありました。やっと4回目でパスしたのですが,今思えば私が痺れを切らして勝手に投稿したのではないか,と不安になってきます。
 
 まさに「てにをは」から教えていただいたわけなので,金剛出版の立石正信氏から出版の話を頂いたときに躊躇しました。しかも私の報告は症例を呈示することが基本スタイルでしたので患者のプライバシーに触れるのではないかとても心配でした。
 本書に収める際には,1992年以前のものには修正を加え,プライバシーの保護に努めました。また,本書を読んだ読者が消化不良になるのではないかという心配も生まれました。それもこれも私の文章力の貧しさによるものです。
 そのために,1章ごとに解題を加えたら論文の趣旨が明らかになるのではないかと考え,あとがきに以下のようなものを加えることにしました。
 
 第Ⅰ部 家庭内暴力への対応と援助
 第1章 現代の思春期像と家庭内暴力
 川谷医院では患者およびその家族向けに「精神科読本シリーズ」と題した小冊子を置いている。その一つが「家庭内暴力」である。本論はそれに修正を加えたもので保健所やPTA活動等で講演している。プロローグとして呼んでいただければと思っている。ここでは親に暴力を振るう子どもの心理を理解する上で重要なキーワードとして中島敦の『山月記』で主人公李徴が語る「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」という言葉を取り上げている。
 
 第2章 親に暴力を振るう子どもたち
 本論は精神分析研究第39巻第2号(1995)に発表されたものである。「家庭内暴力」という言葉の定義が,わが国では,子どもの振るう暴力のみを指すことに違和感を覚えたので,敢えて上記のようなタイトルをつけた。というのは,子どもの暴力のみを「家庭内暴力」と定義するのは治療上好ましくないからである。子どもの暴力は親(特に母親)に取り込まれないための,言い換えると自立への第一歩としての行為であることが多いことは臨床家であればよく理解してもらえると思う。
 
 第3章 家族力の回復を求めて
 本論は赤瀬川源平の『老人力』(1998年)が流行った頃の論文である。これまでの精神科疾患の家族研究はその病理性にのみ焦点が当てられ,その多くが家族(母原病や父親不在など)を元凶にすることで落ち着いていた。しかしその観点からは治療的に得るものは少ない。子どもの示す問題行動が家族全体の歪みを反映していることはよくあることで,子どもの行動を負のイメージのみで捉えるのではなく,正に考えることは臨床的に創造的でさえある。負に傾いていた家族力が子どもの発病と治療過程で正に転換する過程はドラマティックである。そうした意味を込めた論文である。
 
 第4章 家庭内暴力の精神力動とその対応――治療のすすめ方――
 本論は「家庭内暴力とその対応」臨床精神医学第22巻第5号(1993),と「家庭内暴力」臨床精神医学第25巻第7号(1996)の合作である。家庭内暴力を振るう子どもの家系には感情障害が多いことと家庭内暴力の予後は悲観的ではない,というのが発表の趣旨である。暴力そのものの薬物治療には抗精神病薬よりも抗うつ薬やリチウムやカルバマゼピンが有効で,薬物投与の際の精神療法的接近にも触れ,人格の成長を待つ治療過程の重要性について述べたものである。
 
 第5章 居場所を失ったときの無力感
 原典は別冊宝島429『異常心理・入門』(1999)である。暴力を振るうようになる子どもは,現実生活(その多くが学校)における自己愛の傷つきに端を発していること,現実生活を失い家に引きこもることは子どもにとって耐えがたい心理状態であることを指摘した。親は家に引きこもる姿を「遊んでいる」としか理解できないので,両者のあいだに緊張と対立を生みやすい。臨床的には彼らのひきこもりを保証することが家庭内暴力という問題行動に対する最初の対応である,ことを述べた。
 
 第6章 家庭内暴力の入院治療――処遇困難例をめぐって――
 暴力に関してのみ言えば予後はよいが,中には今日問題になっている不登校→家庭内暴力→ひきこもりといった一連の経過を辿る一群の若者がいるのも事実である。中でも,長期にわたって暴力を振るい家族を奴隷のように扱いつづけるケースや公権力を必要とするケースや反社会的行動に走るケース,といった処遇困難例の治療を精神科医はどのように取り組むべきかについて論じた。このようなケースで社会的に問題になるのが彼らの精神科診断であり,誰がリーダーシップを取り彼らの問題に取り組むか,という問題である。これら2つの問題に答えるべく筆者の入院治療の経験をもとに私見を述べた。報告はかなり詳しい治療経過なので,患者本人には掲載の許可を得た。
 
 第7章 虐待と家庭内暴力
 臨床家であれば誰もが経験することの一つが親に暴力を振るう子どもがかつて親に虐待された経験を持っている,という事実である。本論では,幼い頃に虐待を受けた子どもが治療経過中に親に暴力を振るうようになる過程を描いて,その家庭内暴力の意味について考察した。第15章と第16章とも関連する問題である。
 
 第8章 不登校,家庭内暴力,ひきこもり青年への援助
 本論は中学校のPTA活動の一環として講演したものの一部である。筆者は,精神科医は地域にもっと積極的に参加すべきだという考えから,毎年平均15回の啓蒙活動(講演)を行っている。その中で,中島敦の『山月記』からの引用は有益である。『山月記』は誰もが高校の国語で習っており,大人が自分たちの物差しで現代の子どもたちを理解しようとすることに待ったをかけてくれる。また「臆病な自尊心」というキーワードは臨床の場でも有益である。それは家庭内暴力,ひきこもり青年からボーダーライン患者にまで応用範囲が広いので,敢えて再び取り上げた。
 
 第9章 治療過程における「わたし」と「自分」――女性の家庭内暴力に対する治療上の工夫――
 家庭内暴力は男性に手首自傷は女性に多いのが通説であるが,本論では二人の女性の家庭内暴力を取り上げた。筆者はパーソナリティ発達の観点から家庭内暴力を2型に分けて治療に当たっている。1型は手のかからない「よい子」で育ち母親に楽をさせる早熟タイプ,2型は幼い頃から発達に偏りがあるタイプである。パーソナリティ発達で問題になるのは何れも他者との関係性がテーマになるので,その問題について典型的なケースの治療経過を呈示して治療上の工夫について述べた。治療者と患者が使う一人称への注目である。患者の「わたし」がセラピストと「自分」の架け橋になるように一人称に関心を向けたのである。
 
 第Ⅱ部 思春期臨床の実践的展開
 第10章 思春期に起こりやすい精神症状とその対応

 本論は日本医師会雑誌第112巻第10号(1994)に一般臨床医や家庭医向けに書いたものである。精神科医へ紹介するポイントの一つに,「思春期の子どもの治療は多くの時間と人手を必要とする。……,一人の医師で診療する外来クリニックでは,治療のある時期,対応できない事態が生じることがある」と述べている下りは,開業してからも実感していることである。しかし,現実には紹介患者は減らない。川谷医院では筆者の治療に加えて心理士による個人精神療法や集団精神療法を取り入れているが,それでも入院を要する際には治療を中断させないといけなくなる。第5章で強調したように,精神科医の数は診療所でも重要になってくる。
 
 第11章 思春期境界例の治療
 本論は思春期境界例の精神療法の治療経過をかなり詳細に述べたものである。呈示した症例は不登校から境界例状態への退行,そしてそれからの回復過程を教えてくれたケースである。本症例から,こころの何が傷つき境界例水準まで退行するのかを学び,後の家庭内暴力への理解と治療へと発展した。現実生活での自己愛(万能感)の傷つきが彼らの人格を根底から揺り動かし,その混乱を収める最後の手段が不登校であり,それを理解してもらえない親への怒りが精神的破綻を招き,境界例水準まで退行したのである。
 
 第12章 思春期境界患者の家族
 筆者は家族療法よりも個人療法を重視するが,しかし患者が治療の場に現れないときは家族の相談に乗るように努めている。境界患者の場合,家族の治療への参加の具合から治療方針を立てている。拒否型家族は治療の場に引っ張り出さないこと,過干渉型家族は家族にエネルギーを奪い取られないようにすること,母親のみが治療に積極的な家族は丹念に相手をしていると子ども本人が治療に現れるようになる,というのは現在でも通用する。
 
 第13章 パーソナリティ障害と入院治療
 第6章で,パーソナリティ発達に病理性を持つ患者の入院治療では病棟医長というチームリーダーの存在が欠かせないと強調したが,本章はそれに答えるものである。病棟医長はどのような病棟運営を行っていくかを詳細に述べている。
 第14章 重症強迫神経症の治療――ひきこもり,治療意欲の乏しい例や家庭内暴力を伴う例への対応――
 家庭内暴力の処遇困難例にはかなりの頻度で強迫症状をもつケースが多い。それは彼らが社会的立場(その多くが学校社会)を失い,自身の存在の不確かさに脅かされ(「自己喪失不安」),強迫状態に陥っていると考えられる。強迫患者の中心葛藤は蒼古的な自己愛(幼児的万能感)にあり,彼らは過去の栄光にしがみつき環境を支配しようとする。治療的には精神分析が明らかにした打消し,反動形成,隔離といった防衛機制に加えて,万能感をめぐる分裂現象(splitting)を扱う工夫(「今・ここで」)を必要とすることを強調した。
 
 第15章 あるヒステリー男子の治療――児童期に母親からの虐待体験をもつ症例――
 ヒステリー男子の精神療法の報告である。家父長を頂点とする伝統的な地域文化の衰退と近代化の波,それによって起きた父親不在・母子密着という親子関係,それらが子どものパーソナリティ発達に及ぼす影響を治療経過から明らかにした論文である。不登校,家庭内暴力,ひきこもり,そしてボーダーライン化現象は大都会特有のものではない。マスコミを賑わせている17歳の少年による凶悪殺人事件も日本全国津々浦々で発生している。それは大都会と違ってのどかな田舎ではのびのびしたパーソナリティ形成が期待されるという幻想を見事に裏切ってくれた。
 呈示した症例が生まれ育った長崎県五島列島では昭和30年代後半から男性の都会への出稼ぎラッシュが起こった。40年後には人口が半減するほどの人口流出だった。そこで起きたのは昭和40年代の非行と校内暴力の凄まじさだった。誰もが父親不在の悪影響を考えた。しかしそれだけでは田舎に多発する青少年の問題行動の説明にはならない。大きいのはテレビの影響である。九州の田舎でも,バーチャルではあるが,大都会と同じ文化を共有しているのである。自然に恵まれた田舎でも健康飲料水が並べられているのである。この情報が一瞬のうちに全国に行き渡る速さは日本特有のものである。心的には都会と同じ生活を送っているが,かつて青少年たちの性と攻撃性の問題の緩衝役を果たした若衆宿はなくなり,勢い彼らは本能に突き上げられ,空中分解するのである。現代の青少年の問題を分かりやすく解き明かしてくれるケースだと考え本書に収めた。
 
 第16章 暴力とトラウマ――PTSDの治療――
 精神科クリニックを開業して驚いたのが暴力にまつわるPTSD患者の多さである。100人に3人がPTSD患者である。しかもPTSD患者は容易に退行(ボーダーライン化)しやすく,治療にはボーダーラインの治療経験が求められる。クリニックでの経験によって「トラウマを受けたものが罪悪感や劣等感をもつことで加害者(慢性のPTSD患者では親や大人)の過ちを受け継ぐという逆転現象とその反復現象から目覚めることが重要だ」と実感している。トラウマの種類によってセラピストの援助には違いがあり,症例を呈示して私見を述べた。
 
 第17章 憑依・多重人格の精神療法
 1995年の発表である。論文の最後で,呈示した「2症例とも,都市化の過程で生じた親世代の混乱と適応が子どもの人格を解離させたと考えられるが,都市化がある期間進むと,北米で報告される多重人格性障害がみられるようになるのであろうか。今後の研究に期待したいと思う」と結んでいる。それから5年経って,4年間のクリニック開業中に約1500人の新来患者のうちで多重性人格障害は2ケースしか経験していない。生活の立て直しを治療目標にして2例とも3カ月間で治療は終結したが,数年前の多重人格障害の報告も一つのブームに過ぎなかったようである。

 ……(後略)

 川谷大治

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