あとがき

 ひきこもる若者の増加が指摘されている。マスコミでは,当初,ひきこもり状態に陥っている本人や家族の深い苦悩が取り上げられた。その後は,無職青年の増加が少子高齢化社会の経済的基盤を揺るがしかねないと報道されたり,「ひきこもりは甘えである」というニュース解説者の発言が物議をかもしたりもした。さらに,2000年に相次いで起こった少年事件のいくつかが,ひきこもりとの関連で取り上げられたことを契機に,ひきこもりケースをめぐる見方は急展開したように思われる。これだけ短期間に,さまざまな扱われ方をする問題も珍しいのではないだろうか。「専門家」による断定的で短絡的な発言が拍車をかけたことも否定できないが,実際に,それだけ多様な側面をもつ問題なのであろう。
 「ひきこもりケース」に実際に向かい合い,試行錯誤している臨床家の発言や討論が必要であると感じるようになったことが本書を企画した動機である。学派や臨床スタイルにこだわらず,ひきこもりケースの家族援助に関わる仕事に取り組み,実践の中から醸成された見識を備えた臨床家に執筆をお願いした。共通するテーマが別の観点からも論じられていたり,1つのテーマに対して異なる見解が示されている部分も生じているが,いずれも建設的な討論としてお読みいただき,読者の方々にも,この討論に参加していただければ幸いである。
 また本書では,青年期ひきこもりの「予防」に多くの紙数を割いた。ひきこもりにせよ,反社会性にせよ,すでに青年期や成人期に至っているケース,特に本人が問題を解決しようという明確な動機づけを,すでに失ってしまっているケースへの治療・援助は容易ではないからである。また,子どもとその家族に関わっている臨床家は,日常的に多くの「予備軍」に出会っているはずであり,その臨床感触を報告し合うことから,子どもと家族の将来を見据えた早期支援のあり方が明確になってくるのではないかと考えたからである。この領域は,今後,精神保健活動の重要なテーマの1つになってくるものと思う。ただし,ひきこもりケースがさまざまな背景をもつ一群だけに,そのリスク・ファクターを同定すること容易ではないと思われるため,まずは,児童福祉,地域保健,児童精神科医療,学校精神保健などにおける諸活動を「予防」という観点から捉え直してみることとした。
 (後略)

 近藤直司