訳者あとがき

 本書は、“A primer of Brief-Psychotherapy”(Cooper, J.F., W. W. Norton & Company, 1995)の全訳である。原題を直訳すると、「短期心理療法入門」とか「短期心理療法初等読本」とでもなろうが、いかにもこなれない。それだけでなく、内容からすると本書は、必ずしも心理療法の初心者だけをターゲットにしたものというわけではない。むしろ、何らかの理論やモデルをベースにした心理療法なりカウンセリングをある程度実践してきた臨床家が、自ら行っている援助的アプローチをいかに効率的・効果的なものにするにはどうすればよいかという疑問や要請に応えるためのもの、といったほうが近いように思う。これは、原題がブリーフ・セラピーではなく「ブリーフ・サイコセラピー」となっていることとも多少関係しているので、この点について少し触れておく。
 まず、MRI(Mental Research Institute)や解決志向(solution-focused)によるアプローチは、もともといかにすれば効率的・効果的なもの、つまりブリーフな治療モデルができあがるかを目指して構築されたものである。したがって、これらのアプローチは、MRI派ブリーフ・セラピーとか解決志向ブリーフ・セラピーなどというように、その療法の名称それ自体に「ブリーフ」ということばが使用されている。このとき使われる「ブリーフ・セラピー」という療法は、長期療法も含めた数多くの心理療法(サイコセラピー)のひとつとしてとらえられるとともに、ブリーフ・サイコセラピーのひとつとしてもとらえられる。
 これに対して、たとえば短期精神力動的(brief psychodynamic)アプローチは、あくまで伝統的な精神分析療法の亜型(または簡易型)として発展したもので、治療技法や治療哲学についても精神分析の影響を強く受けている。伝統的な精神分析療法はブリーフであることを明確に意識して構築されたものではないという点で、その影響を受けている短期精神力動的アプローチは、先のMRIや解決志向などのアプローチとは必然的に問題(あるいは病気)の理解の仕方や用いられる技法なども異なってくる。しかし、本書の第二章にも取り上げられているように、治療の目標や焦点を明確にするということではブリーフの思想と合致しているため、これもブリーフ・サイコセラピーのひとつであるととらえることができる。
 モデル構築の経緯という点からすると、対人関係的(interpersonal)もしくは認知―行動的(cognitive-behavioral)といわれるアプローチも当初からブリーフであることを強く意識したものではない。しかしながら、現在の問題を査定しその問題の除去に力点をおくという実践形態や基本理念は、まさにブリーフとしての要件を多分に含んでおり、したがって、これらもブリーフ・サイコセラピーのひとつにちがいないのである。
 このように見ていくと、原題にある「ブリーフ・サイコセラピー」ということばは、「効率や効果を重視するブリーフの思想と相反しないサイコセラピー」のことを指しているといえる。ということは、このような趣旨と矛盾しないほとんどの心理療法が本書の考慮対象となり、その意味で、本書でいうブリーフ・サイコセラピーとは多分に折衷的なものであるといえる。
 これは、第一章で「ある特定の理論だけに盲従したりすることを目的としていない」と著者がのべていることからも明らかであるが、このことがさらに次のようなドグマを生む危険性がある。それは折衷的なアプローチもひとつの治療モデルではないかという疑問である。しかしながら、本書で紹介されているブリーフ・サイコセラピーとは、さまざまなアプローチに共通するブリーフの「原則」を要領よくまとめ上げた結果できあがった産物であり、これをひとつのアプローチであると狭くとらえ、無批判に(あるいは盲従して)これを実践してしまうことは著者の意図に反する。むしろ、それぞれの臨床家がおかれている機関や立場、援助する対象者の特殊性、さらにはこれまで各自が実践し馴染んできたアプローチなどに応じて自由に「自分流」(自己流ではない)のブリーフ・サイコセラピーを組み立ててもらいたいというのが著者の意図である。このような創意工夫のための自由度があることに、これまでいくつかのアプローチに接してきた訳者も魅力を感じている。
 なお、原題で使われている「ブリーフ・サイコセラピー」ということばは、本文中ではほとんど「ブリーフ・セラピー」と表現されている。この場合の「ブリーフ・セラピー」ということばは、ある特定のアプローチを指すのではなく、あくまでこれまで説明してきた「ブリーフ・サイコセラピー」の意味で使われており、単にブリーフ・サイコセラピーの短縮表現にすぎない。用語のまぎらわしさから生じる混乱を避けるためにひとこと付け加えておきたい。
 また、「クライエント」ということばが二つの意味で用いられていることにも留意されたい。ひとつは単に心理療法をもとめてやってきた人物という一般的な意味で用いられているが、もうひとつはそれに加えて「変化への動機づけのある」という意味がそこに含まれていることがある、ということである。原文では、変化や解決意欲についての動機づけのあるクライエントに「純粋な」とか「真の」とかいう修飾語が付されている場合もあるが、そのような修飾語が省略されている部分も少なくない。文意を明確にするために、単に心理療法を求めてやってきた人物という以上に、変化への動機づけがあるという意味をクライエントということばに含ませている場合には、訳文で「変化への動機づけのある」ということばを補足しておいた。
  (後略)

訳者を代表して 岡本吉生