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序文

 本書はマクゴーリ教授とジャクソン教授,並びにジェーン・エドワーズ医師をはじめとするグループが,メルボルンにおいて幾年にもわたり実践してきた一連の仕事を余すところなく紹介している。長期間にわたり精神病状態に陥る危険のある若年者に対してそれぞれの問題に的を絞った介入方法に関しての初めての包括的な専門書である。およそ5年前,私はマクゴーリ教授のグループの施設の訪問という大変な幸運に恵まれたが,この時私はマクゴーリ教授とその同僚たちの実践するパイオニア的仕事に強い感動を覚えた。あれから数年が経ち,私はここに,精神病者という長く苦痛に満ち破壊的な生涯の始まりともなるような人生の重大局面において,その状況をよく理解し助けていくという,これまで無視されてきたが故に本当に価値のある観点を呈示している本書を紹介する光栄に浴している。
 私は長い間,精神医学の実践の歩みを振り返りながら,自分たちが専門とする分野において未だに支配的でありつづける伝統的な精神疾患概念やその治療概念に対する頑固なまでの信奉に直面してきた。この数十年間に行われてきた精神医療の運用面において起こってきたドラマチックな変化でさえも,主要な精神障害に対する対処には何ら根本的なインパクトも及ぼさなかったようである。治療は明確な心理社会的アプローチと身体療法的アプローチに二分化し,これらは個別のニーズを持つ各患者の独自性を考慮することはなかった。さらに,患者が十分頻繁にまた高い診療水準で診察を受けることができる優れた施設も極めて少なかったのである。
 3章で示されているように,適切な時期における介入の遅れが長期的には悪い影響を与えうるという多くの証左がずっと以前から得られていた。数十年の間予防的行為の重要性に気づいていたにもかかわらず,日常の臨床では常に明らかな精神病状態が姿を表わすのを待って初めて適切な治療が実施されていたのである。精神病的衰弱によって特徴付けられる精神障害に対しては,こうした不当に受身の態度がごく最近まで支配的であり,逆説的には長期にわたれば安上がりになるような活動をしようとする情熱を抑制してきた。このような態度を助長してきたものとしていくつかの要因があげられるが,中でも重要な要因は精神科医が精神病院や精神保健センター,診療所といった自分たちに馴染み深い環境から出て行って地域を指向して仕事をすすめることに乗り気でなかったことがあげられよう。さらに5章でも述べられているように,抗精神病薬の導入は精神疾患の研究と治療において良い点と悪い点の両面をもたらしたが,少なくとも当初はでき上がってしまった精神病像においてさえもその後の経過を根本的に変えられるかもしれないというささやかな楽観を産み出したのである。ネオクレペリン主義は,現代の分類システム,とりわけ前駆症状さえも考慮に入れるというその欠点をも明らかに支持することにより,精神分裂病の経過を左右するための早期介入の必要性から注意をそらしてきた。治療組織の根本的な改変に対しては,少なからず,政治家や行政の抵抗があった。これは短期的には費用の増大の可能性に対するものであり,逆に長期的には安上がりになるような活動に対する情熱を抑制するためのものである。
 一方,早期介入には各章の著者が十分強調しているように重大な倫理的な意味合いも含まれているのである。より早期の介入を行うことの適切性とひとりの若者の個人的な人格をも侵食する危険性の両者にバランスがとれていなければならないことは,疑う余地のないところである。4章と後の8章で書かれている包括的なプログラムのさまざまな要素は,この危険を最小限にするための戦略を示唆するものであり,スティグマという危険を減じるのに大いに貢献するだろう。
 本書に書かれている全ての重要な項目についてコメントすることはできないが,私はここで何よりもメルボルン・グループの一連の仕事に一貫して流れている真摯にヒューマニスティックなスタンスを強調しておきたい。患者の人格やその自立性に対する尊敬の念,介入に際して最も適切な戦略を選択する柔軟性,最初から家族員もが関与した統合的なアプローチの必要性に対する注意の払い方,本人や家族が負う深い悲しみとトラウマに対する熟慮などが,本書の全編に現われている。マクゴーリのグループのすべてのメンバーの特徴ともなっている患者に対する温かい共感性は,活字を通じてだけではなかなか感じとることはできないが,私自身は個人的にごく身近なところで体験したのである。
 最後になるが,臨床的な用例に富んだマニュアル形式で書かれ,介入の多数のモデルが実際の仕事に焦点を当てることで補完しつつ示され,また精神病の予防的戦略と早期介入に役立つ知識の大半をまとめており,本文は実に広範囲を網羅して画期的な著作に仕上がっている。本書の中で示された注意深く記されているさまざまなアプローチは,精神医学がその歴史上最もエキサイティングな局面に向かっていることを示唆するとともに,パラダイムの大変換が進行中であることを示している。このような変換が現実のものとなるためにも,メルボルンのようなセンターがいくつも創設される必要があろう。幸い,このプロセスは多くの都市や地域で進行中である。

スウェーデン,ウレア大学 カルロ・ペリス

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