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「訳者あとがき」より

 本書はGeorge Weinbergの“The Heart of Psychotherapy”(St. Marting's Griffin社,1996年)の全訳である。
 私はサイコセラピー(精神療法,心理療法)に関して書かれた本を判断するうえで,あるひとつの基準を持っている。たとえ,どれほど科学的で統計学的に正しくても,著者の臨床経験がにじみ出てこないような本はあまり魅力を感じない。また,分担執筆の立派な本もあるのだが,やはり一人で最初から最後までまとめている本の方が,その人の哲学が自然に現われるという点で興味深い。その意味で,本書はセラピストとしてのワインバーグのひとりの人間としての哲学が感じられる良書である。
 東京都精神医学総合研究所と東京都立松沢病院は,松沢キャンパスと称される同じ敷地内にある。1999年の夏に松沢病院で当時,研修医をしていた諸君とともに私は抄読会を始めた。なかなか皆の都合がつかないので,月曜日の朝7時から会を始めていた。さすがに若い研修医の諸君だけあって,週明けの早い時間にもかかわらず,毎週熱心に集まってきてくれた。最初はサイコセラピーに関する文献をいくつか読み進めていたのだが,せっかくの機会なので,できれば私たちの手で翻訳して,出版までこぎつけようという話になった。松沢病院で研修をしたよい記念にもなるだろうと考えたのだ。
 私は金沢大学を卒業した後,東京医科歯科大学で精神科の初期研修を受けた。その後,山梨医科大学ではスタッフとして研修医の教育にもあたった。しかし,今回,一緒に翻訳を進めた東京都立松沢病院の研修医諸君のたくましさには脱帽する思いがした。自ら希望して全国から集まってきた若き医師たちだけに,第一線の病院で熱心に診療に従事しながら,精神科医としての出発点に立って意欲に満ちていた。研究所は病院と違って,朝8時15分にならなければ,冷暖房が入らない。そこで,翻訳会では,夏は汗をかきながら,冬はコートを着て震えながら,進めていった。
 著者のワインバーグの豊富な臨床経験にもとづいた理論はもちろん興味深く,翻訳の作業自体が楽しかったのだが,時には翻訳を忘れて,それぞれの受け持ちの症例についてあれこれと話し合うことであっという間に時間が過ぎたこともしばしばであった。
 研修医諸君も今ではすっかり立派な精神科医となって各地で活躍している。私は彼らよりも20歳ほど年上だが,この会を通じてエネルギーを分け与えられた思いがした。そして,私にもこれほど元気と理想に満ちあふれた時期があったのかといつも懐かしく思い出しながら,翻訳を進めていった。
 生物学的研究が最近の精神医学の主流になってきている。それ自体は世の中の潮流なのだろうが,そうはいっても,精神科医の大多数は臨床に従事している。ともすると,サイコセラピーについて軽視される傾向を私は残念に思っている。そこで,せっかくの機会なので,サイコセラピーの基礎について,自分の臨床体験から解き起こしているような本を選ぼうとした。その結果,私たちが選んだのが,本書である。
 著者のワインバーグは米国では一連の著作があり,ある程度名前の知られたセラピストであるが,これまでわが国に紹介されることはなかった。本書の内容からも,著者自身はかつて精神分析の訓練を受けたことがわかるが,かといって伝統的な精神分析の理論や技法に拘泥するわけではない。特定のサイコセラピーの一派に偏ることなく,むしろ,各種のサイコセラピーの長所を取り入れて,著者独自のサイコセラピー理論をもっている臨床家である。動かしがたい過去や小児期に拘るのではなく,患者が抱えている問題の本質を探るために過去を活用することを提唱し,また,患者自身が働きかけることのできる「今,ここで」起きている問題に積極的に焦点を当てている。
各章で取り上げられた問題に対する考え方は著者の長年の臨床経験に基づいていて,サイコセラピーを実施していくうえでとても参考になる。私は精神科医になって20年経つが,臨床の数々の場面で抱える問題について本書が整理してくれるように感じた。共同して翻訳に当たった研修医の諸君(今では,立派な精神科医となっている)がサイコセラピーを始めるための基礎として,参考になったのならば,幸いである。
 本書の対象として著者自身は,これからサイコセラピーを始めようとする人,すでにサイコセラピーを行なっている人,サイコセラピーを受けている人,サイコセラピーに興味のある人を挙げている。私は訳者として,とくに,これからサイコセラピーを始めたいと思っている人にとっては必読の書であると考えている。また,一般の方は精神科の治療というと薬物療法を主として思い浮べることが多いようだが,そのような方にとってもサイコセラピーがどのようなものであって,また,セラピストがどのように考えながら治療に当たっているのかを知る絶好の資料となると思う。
……(後略)

2001年4月  高橋祥友(訳者全員を代表して)

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