「推薦の辞」より

 本書は最近まで強調されてきたevidence based medicine(EBM)に対して,それへの反省を促し,補完的な意味をもつ考えとして,narrative based medicine(NBM)の意味とその重要性を提示する,画期的な書物である。
 私は以前より心理療法における「物語」の重要性を主張し,「精神療法」第27巻第1号(2001)においても,その特集の編集を担当した。そのような点においても,本書の出版を非常に意義深いものと考え,嬉しく思っている。
 本書は,general practieionerやprimary careに当たる医者によって企画されたもので,いわば医療の第一線において活躍する医者から,このような主張が生まれてきたのも,当然と言えば当然と言えるであろう。本書は心理療法に従事している精神科医,臨床心理士にとっても大切なことはもちろんであるが,医療に関連する多くの人にぜひ読んでいただきたい書物である。

 人間はそれぞれ,自分の「物語」を生きている,と言うことができる。「病気」もその物語の一部としての意味をもっているのだが,一般の医者はそれを無視してしまって,「疾患名」を与えることで満足する。しかし時にそれは,その人の物語の破壊につながってしまう。それでも,その疾患が医学的に治療可能な場合,まだ救いがあるが,治療が不可能な場合や,高齢者のケアのようなときは,それらの事実を踏まえて,患者がどのような「物語」を生きようとするのか,それを助けることが医療のなかの重要な仕事になる。
 ここで大切なのは,そのような「物語」を医者や医療スタッフが見つけ出すのではなく,患者が自ら生み出してくるのを受けいれる態度が必要なことである。このような態度を養うためには教育が必要であり,医学教育も,そうした視点から見直さねばならない。そのためには,NBMを学ぶのに適切と思われる文学作品などが考えられるが,そのようなものとしてはどんな作品があるか,という紹介もなされていて興味深い。
 診断を下すときにEBMが重要であることが強調されてきたが,純粋のEBMというのはあり得ないわけで,evidenceを見出すときに,医者は半意識的に何らかのnarrativeを心にもっていることが認められる。つまり,EBMとNBMとは相容れぬものではなく,むしろ互いに補完し合うものなのである。診断にもNBMは必要なのだ。
 以上のような論点について述べるために,医者以外に,心理療法家,人類学者,文学者など多彩な執筆陣をそろえて,説得的な論を展開している。
 この書物を医者,臨床心理士はもちろん,対人援助の仕事をしている人たちにひろく推薦したい。

京都文教大学学術顧問 河合隼雄