「まえがき」より

 あまりにも自明のことではあるが,心理臨床の仕事についてから,「幸福な家庭は一様に幸せであるが,不幸な家庭はそれぞれに不幸せである」というトルストイのことばを痛感してきた。もちろん,臨床の場の事象を理解し,それにかかわっていくには共通する普遍の原則はある。だが,困難な事態に愁眉が開ける契機となるのは,原則を知悉しつつ,その個人,その事象にふさわしい個別のかかわりを創りだした場合が多かった。柔軟な関わりをしてなお,それが破綻をきたさない条件はなにか,豊かな一回性をもたらす要因は何か,これは当初から現在まで,私が一貫して自らに問いかけてきた課題である。
 責任を負える範囲で,ある見通しを持って,クライエントの必要とする心理的援助をどこの部分から,どのように,誰が,何時,提供するか,こう考えながら心理治療を進める過程には,さまざまな試みを採りいれることや,自分の表現法も相手の状態に即応して,違える(根底の精神は不変であるが)必要があることに気付き,そしてまた,協同作業の大切さをも知り,活用してきた。これらの一つの理論では収まりきらない実践とその理論付けを「統合的アプローチ」といつしか呼ぶようになって今日に至っている。
 本書の始めに,統合的心理療法の説明とそれが生まれる経緯について,書き下ろした。このアプローチとは,常に未完成で,これを用いる人の意欲と姿勢の如何によって,成長変容していける豊かで,現実的な方法である。
……(以下略)