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「はじめに」より

 この本は精神分析的な自己心理学の視点から,分析者はどのように分析をするかについて書かれたものである。精神分析家は現在すでに豊富な文献に恵まれているので,近年のあまりある多くの出版物や過去の重要な著作の上に,さらにここでもう一冊を加える必要があるのかと読者が問われるのは,やむを得ないことだと思われる。しかし私は,このおびただしい精神分析の文献の中には,あるギャップが存在しているのではないかと考えている。本当に必要とされているのは,精神分析の豊富な理論に関する議論と,さまざまな見方や臨床的発見をともなう多くの臨床例との間にあるこのギャップに,橋をかけるテキストだと思うのである。私はこの本の中で,さらに理論化をおし進めることは避け,コフートKohutと彼の共同研究者たちによって過去20年の間に発表されてきた精神分析的自己心理学理論の主要部分をそのまま踏襲した。むしろ,私の主な焦点は,心に関する自己心理学的な概念の精神分析的な治療行為への適用に向けられている。しかしそれは,本書が精神分析の実践に関するハウ・ツー的な本であることを意味してはいない。本書は,治療理論も含めて,セラピ−について考えるためのエキスとなるようなガイドラインなのである。
 本書で示す精神分析的アプローチの有効性を伝えるためには,読者に,分析者と被分析者の双方が抱く精神分析体験が伝わるようにしなければならない。書き言葉の限界の中で,私はこの目的をなし遂げようと努力したつもりである。精神分析は,理論の領域においても制約されないオープンな探究精神をもつことで,もっとも進歩・発展する。理想的には,分析者は平等に漂う注意を維持し,被分析者は自由に連想を続ける。しかし,それらは目標とすることはできても,完全にそれを行うことは,不可能とまでは言えないにしても,非常に困難なことである。したがって私は,分析的な治療を行う際に前もって広範囲にわたる診断的な調査に基づいた詳細な治療計画を立てることが有効だとは思わない。むしろ,臨床においては,診断や治療は,被分析者との相互作用のプロセスの中で展開していくことがもっとも望ましい。それでもやはり,ものごとを発見的に学ぶ目的のためには,ある程度の分類と体系化を避けることはできない。とくに書物においては,章立てて論題と概念をまとめ,分類して記述されるのでそうなるだろう。しかしながら,実際の治療は,決してそのようには行われないのである。せいぜい分析が終結した後,起こったことを系統立てて描写し,回顧的に構成できるに過ぎない。そのような記述は,後になって初めて,精神分析の理論や実践を人々に伝えるのに役立つのである。
 分析者がどのように分析するかについて書くことは,必然的に,非常に個人的な陳述にならざるを得ない。精神分析という行為は,分析者と被分析者の双方の微妙な関与によって徐々に浸透していく試みである。したがって,臨床に関する豊富なディスカッションは,分析者の科学的な視点だけでなく,必然的に分析者自身の人格をも表してしまう。すでに述べたように,私の考えを啓発し導いた精神分析の理論は,自己の精神分析的心理学として知られるようになった一連の認識である。自己心理学は,ハインツ・コフートHeinz Kohutが明確な形に表し,彼の共同研究者や学生らが推敲,修正,発展させた,コフートの業績の集大成といえる。この本を書く際に,私はハインツ・コフートや彼の共同研究者の著作からだけでなく,私自身の以前の出版物からも,たくさんの引用,言い替えなどを行った。適切と思われる際には,いつもコフートや彼の共同研究者らの著作に言及した。しかし,そこには,私の不注意のために重要な見落としがあるだろうことをお詫びしておかなければならない。
 精神分析家たちの自己心理学に関するディスカッションで時おり起こるいくぶん執拗な論争にもかかわらず,その主要な概念の周辺で生じている論争は,徐々に収まりつつあるようである。コフートの概念は,多くの精神分析家や心理療法家の理論や実践を徐々に修正している。伝統を重んじる精神分析家に,コフートの用語を使うことへの抵抗があることは理解できることである。しかし,そこでも,表向きは古典的な分析理論の用語がコフート派の趣意を組み入れて微妙に再定義されるなどして,コフートの概念は表に姿を現してきている。このように,自己心理学の考えが精神分析の主流に次第に取り入れられてきている点から見て,私はコフートの概念を,精神分析的治療を行う際の正統派の方法と比較することが時に重要であることに気づくようになった。これには二つの理由がある。一つは発見的に学ぶ上で,そうした比較は気づかれないままできた違いを劇的にはっきりと際立たせてくれる。二つ目は,コフートの功績は,彼が行った精神分析理論の修正にあることを確かめたいからである。(ハインツ・コフートは1981年に亡くなった。読者は,ストロザイアーStrozier(1985),ミラーMiller(1985),メヤースMeyers(1988)らの著作から,彼の人生や仕事をいくらか垣間見ることができるかもしれない。) 精神分析の歴史やジークムント・フロイトについての伝記的な研究に寄与した私の論文は,私たちの科学を創始した天才に対する,いささかも減ることのない私の尊敬の念を表している。しかしながら,私はさらにこの先,もっと新しい包括的な考えが見出され,さらに精神分析的作業が進歩するその日までは,精神分析の主流は,私たちが今,自己心理学と呼んでいる考えに極めて近づいていくだろうと確信している。

アーネスト・ウルフ

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