「あとがき」より

 本書はADHDといわれる病態を照らしだすとともに,研究と臨床の将来を見据えて,その架け橋となることを目指して編集された。
 現在の脳科学は脳の構造の成立や活動に関するDNAレベルの研究と,情報伝達の場である神経ネットワークの機能を追求する認知科学の2つが中心となって進められており,ごく近い将来に臨床病態にも研究の手が及ぶはずである。こうした時,われわれ臨床家や教育者はこれとどのような接点を持ったらよいのであろうか。それは先入観なく子どもの行動を観察し,その行動の合間に見え隠れする文脈を見だして行くことである。ここでいう先入観とはADHDはこれこれの症状をもった困った存在,迷惑な存在として捉えてしまうことである。脳活動が示す機能は環境との相互作用によって社会的な意味を結ぶ。ある局面では欠点となる機能も別の局面では長所として活用できるはずで,先入観にとらわれるとADHDがもっている長所も見失ってしまうことになる。しかし,余裕をもってADHDの子どもたちと接することができれば,自分が考えていること,困っていることを包み隠さず話してくれる。すぐ反応してしまうのは困ったものだが,こちらが耳を傾けて,彼らが行動に移る前に言語化できれば,自分の取るべき正しい方向にたどり着くはずである。
 現在,ADHDの子どもが急増して対応に追われたり,ADHDの成人が自分の病気に悩むようになっている。その背景は色々あるが,ひと昔前にはADHDなどという言葉など知らないまま,学校や社会に受け入れられ,許容されていたという側面もあろう。本書をふくめてADHDの解説書はいくつかの症状を取り上げて,それにどう対応するかの記載に留まっている。すでにADHDの脳科学的研究によってかなりのことが分かってきているが,それはまだ点としてであって,これらを結ぶ線やその多元的な仕組みは解明に至っていない。やがてADHDの子どもの反応の起こり方やその様式,そのパターンの構造がはっきりしてきた時には,彼らの起こしやすい反応を事前にキャッチし,より好ましい学校生活や社会行動へと組み立てて行けるような臨床が実現することを願いたい。本書を一読されて,こうした将来に向けての筋書きを感知していただけたら幸いである。

中根 晃