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「まえがき」より

 本書は,過去15年にわたる機能分析の発展過程を概観したものであるが,主に臨床心理の仕事に携わっている臨床心理士,行動分析家,それに臨床心理学を専攻している学生のために書かれたものである。児童から思春期,成人,その家族などにかかわる諸分野,さらにまた発達障害や老人,長期入院患者の精神保健,行動医学の分野など,あらゆる分野で心理臨床の仕事をしている人たちを対象に筆者が講義したものをまとめたものである。しかしながら臨床心理の分野にかぎらず,その他の隣接領域で仕事をしている人たちにとっても,本書は役に立つテキストだと考えている。筆者自身は,発達障害の分野に興味を持つ者だが,まさにこの分野にとっては本書は有用なものであると思っている。つまり,特に発達障害の分野での研究において機能分析は非常に有益なものをもたらしている。だが,私としては,この本がいろいろな問題に悩んでいる人たちに対して,またあらゆる臨床の場で活用されることを願っている。
 本書が一貫して目指すところの一つは,日常の臨床実践での研究のあり方と研究成果の臨床実践への応用といった両者の間に密接なつながりをもたせることにある。というのは,臨床実践にたずさわる臨床家と臨床分野の研究者とが,それぞれ相互に連携を保ちながら積極的に研究や教育,臨床実践にたずさわろうとするとき,しばしばこの両者の間でいろいろと失望感をいだく人たちが多いことを筆者自身,実感するからである。
 ところで機能分析のルーツをたどると,それは非常に長い歴史をもち,スキナーの研究に多大な影響を与えたダーウィンの進化論にまでさかのぼるものである。そして,機能分析が実際にいろいろな臨床心理学の分野へ応用されるようになったのは1950年代後半から1960年代である。たとえばAyllonとAzrinによって書かれたトークンエコノミー法についての古典的なテキスト(1968)を紐解くと,機能分析について多くの事例があげてある。それらのなかには,たとえば強化子を明らかにし,好ましくない行動に替えて適切な行動を確立するためにベースライン行動を分析している。
 機能分析はこのように長い歴史を持つものであるが,特にここ15年ほどの間に大きな変化を見ている。つまり,行動の機能を査定する方法がより優れたものとなり,また明確なものとなっている。このように,その技能的な面で,また機能分析についての概念的な面で,より精緻化されてきている。言い換えると,1980年初期のころより,臨床実践家や研究者らにとって利用可能な機能分析のための新しい質問紙法や面接査定法,観察法などが開発されてきている。このように機能分析における技法の発展は最近になって非常に急速であり,またそれらの及ぼす影響についてもいろいろな評価がなされつつある。しかも,さらに機能分析は,一つの臨床実践の分野から他の臨床実践の分野へと多様化しながら,その広がりをみせている。たとえば,そうした一つの例をあげると,Silverman(1990)は,発達障害があり自傷行為のある事例についての初期の研究を基盤にして,さらにそこから発達障害をもたない不登校の子供たちの機能分析をするための技法開発を試みている。
 機能分析の開発は,今や犯罪心理学などの分野から宇宙船での生活空間の設計などの分野に至るまで実に多くの分野で行われている。したがって,臨床実践家にしろ,また研究者にしろ,自分の専門外のことは勿論のこと,自分の専門領域における機能分析の展開状況すら,それらをすべて把握することは難しくなっている。そこで,本書のもう一つの目的は,こうしたいろいろな分野にみる機能分析に関する文献をまとめること,それからこれらさまざまな分野での機能分析で見出される共通性を指摘すること,それから機能分析を行う際に有用な技法について概観することなどを意図した。したがって,本書は,機能分析についての査定技法や機能分析を用いるときの手続きの綱領となるばかりでなく,さまざまな領域で用いられている機能分析についての文献を渉猟するのにも役立つものである。なかでも,もっとも重要なことの一つは,機能分析の方法と機能分析の過程とを明確に本書では区別したことである。機能分析の手法は大きな発展をみつつある。ただしこれらの手法の多くは,今のところそれらの技法が果たして,効果的な治療計画を立てる上で,一般的な普遍性や信頼性,それに妥当性をもつものかどうかについては確認されないままの部分も多い。とはいうものの,こうした問題についても注目すべき重要な検討がなされつつあり,それなりの展開を見ている。
 ところが,一方機能分析の過程についての検討には,現在のところあまり関心が向けられていないのが実情である。このことは,臨床実践や臨床研究の両面において重要な問題を残すものである。機能分析の過程にかかわる問題とは,機能分析過程に関する効果性,効率性,それにその負担の問題であるが,これらの事柄は,臨床実践で機能分析を適用する場合にかかわる重要な問題である。したがって,今後,これらの問題に関する研究の必要を強く主張するものである。
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