「監訳者あとがき」より

 翻訳を始めてからこの間に,児童虐待の分野にはさまざまな変化が訪れた。1つは,児童虐待の急増と通告の増加に伴って,児童虐待への対応としては後進国であったわが国においても,行政面からの施策を強化していく過程が始まったこと。もう1つは,その流れを押し進める力となった,多くの市民・NPOなどの諸活動を背景に,「児童虐待の防止等に関する法律」が2000年5月,成立したことである。加えて2001年4月には「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」が成立し,虐待発生の原因の1つとしてのドメスティックバイオレンスへの対応も始まっている。
 こうした大きな流れの中で,虐待の被害児童への援助技法は多くの機関で研究され,ケアが提供されて来ている。しかしながら,青年期および,それ以降の大人になった被害者の多くは,自身の苦境を脱しようとしても,そのための援助はいまだ不十分であることもまた事実であろう。それゆえ,多くの領域,医療,保健,福祉の各分野で,あるいは自助グループや支援組織の中で,虐待的成育史に焦点を当てた療法や援助法が希求されているのである。

 さて,本書は原著名(Adult Survivors of Childhood Emotional, Physical, and Sexual Abuse : Dynamics and Treatment)に示されているとおり,子ども時代の虐待による心の傷を持つ大人への心理的援助の技法として,精神力動的アプローチや認知および行動療法的アプローチなどを幅広くとりいれた,いわば折衷的/包括的療法について紹介したものである。理論と事例の両面から,子ども時代に虐待を受けているサバイバーを理解する時の留意点や治療/援助の技法について,臨床に即して分かりやすく解説している。
 本書を読むことで,子ども時代の虐待という出来事が,発達の各段階にどのような影響を与えていくのか,加害的な養育者との継続的な関わりの影響が,乳幼児期から学童期,そして青年期,成人期へと進むにつれて,どのように姿を変えて現れるのかを理解することができる。また,子ども時代の虐待の被害者が成人した後,内的不全感や生きにくさに気づいて,臨床家を訪れた時の援助の実際を知ることができる。さらに,彼らの中の幾人かは,大人になって家庭生活を営んだ時,その虐待的な成育史の結果として,「子どもへの不適切な関わり」を生じさせているかもしれない。そうした“虐待する親への治療的アプローチ”という視点からも,本書は重要な示唆と援助の指針を与えてくれるであろう。
 また,本書は大人のサバイバーの理解や援助のためのみならず,トラウマを持った子どもに日々接している方々や治療に当たっている人々にとっても,被害児が発達のどの局面で歪みを負い,これから何を克服しつつ何に向かって進んで行くのか,という“見立て”をする上で,極めて多くの情報が得られるであろう。

 なお,本書を読む上での参考として,次のことをお伝えしたい。虐待に関連している臨床家や,この領域の援助や支援活動をしている多くの方々に読んでいただけることを期待して,できるだけ平易な表現になるよう心がけた。しかし,それでもなお,文中には平易とは言い難い語彙や表現があり,それらを詳しく確かめたい方には次のような図書を参照されることをことお薦めする。
 まず第一に,原著名にも見られるように,治療の基本に精神力動理論がおかれている。そのため,随所に精神力動用語,精神分析用語が使用されている。この領域に不慣れな方は『新版精神医学事典』(弘文堂)等を参照されたい。また,もう1つの理論的な柱として認知,発達理論についても触れられていることが多いので,『発達心理学辞典』(ミネルヴァ書房)等を参照されることをお薦めする。精神医学用語としては,『DSM-Ⅲ-R』『DSM-Ⅳ』(医学書院)等を参照されたい(ただし,本書は主にDSM-Ⅲ-Rをもとに書かれたものと推察する)。
……(後略)
   2001年11月10日

監訳者 倭文真智子