「はじめに」より

 昨今,非行問題が注目され,盛んに論じられるようになった。
 しかし,制度や社会は論じられても,実際の個々の少年たちに対する指導やカウンセリングについての道筋は意外なほどに示されていない。多くのカウンセリングの教科書や講習会でも,非行を扱うことはなく,病院や教育の臨床で扱われている理論と技術が紹介されている。非行のカウンセリングを行う場面で,教わったとおりのカウンセリング技法を使っても,かえって状況が悪化したり,何よりもカウンセラーその人がしんどくてしかたがないといったことが起きてしまう。非行カウンセリングや指導に際して,方向はずれの道に迷い出さないように,非行臨床独自の「目のつけどころ」を提示したい。そんな思いから本書の執筆を思いたった。
 もう一つある。すでに非行の実務家の先輩たちが,その経験に即したノウハウや技法を世に問うている。私もそうした書籍や論文を読んで,ずいぶんと共感し,また励まされた。しかし,非行の宿命でもあるのだが,非行が,社会システムを激しく巻き込んだものであるために,どの次元からどのような目的で関わるかという「足場」によって,非常に見える「風景」が違ってくるのである。非行の場合,強力に介入する劇薬から,間をつなぐ偽薬まで,実務家はかなり具体的で実際的なノウハウを身につけている。しかしそのノウハウが具体的であればあるほど,「足場」が違うとかえって使いづらいということが生じてしまう。
 本書では,非行臨床という森を一望する地図を用意することを意図していない。また特定の「足場」のための立て看板のようなノウハウ集でもない。背伸びと過剰な行動化を繰り返す少年たちと関わりあうなかで,必要となる普遍的な原理原則をそのニュアンスも含めて紹介することを最大の目的にしている。そうすることで,多くの「足場」の人に,次に踏み出す一歩をどこに向ければよいのかを示すことができると考えた。私の力量の限界があるために,それは,ほのかであるかもしれないが,しかし面接者や指導者にとって,足下を照らす灯りのような役割が果たすことができれば幸いである。

 最後に,本書は,家族療法や短期療法,また伝統的な矯正施設の査定や教育方法の影響を大きく受けているはずである。しかし,最近の私の常であるのだが,基本は自分の体験と事例に重点を置いている。「入門」という名に値しない実感と体験の書として本書を世に送り出したい。

2001年1月 藤掛 明