「おわりに」より

 私は心理技官としての仕事は大阪少年鑑別所が皮切りであった。ある年,同僚技官に誘われるままに大阪の榎坂病院に通い,辻悟先生の精神医学の講義式の研修を受けたことがあった。ここで聞いた話は実に新鮮で,事例に則しており,どれもが先生の臨床実感に基づいた体系であった。特に躁うつ病は,頑張りすぎて順調を希求するあまりに弱い自分を受け入れらずに生じるのだという話は,どこか非行に重なるところがあり,私は漠然と非行は社会的な躁うつ病なのだという印象を持った。
 その後,東京近郊での勤務となり,かねてから希望していた家族療法の実地研修を受けることになった。幸運なことに当時国立精神衛生研究所を退官後,船橋市で私設の「国際心理教育研究所」を開き,家族療法のスーパーバイズを行っていた鈴木浩二先生と和子先生の門を叩くことができ,以後二年間長期研修生として,毎週土曜日は朝から晩まで実に密度の高いご指導を受けることができた。ここで担当したケースは,精神分裂病や神経症,うつ病,不登校といったそれまで面接したことのない方々で,「助けてください」とへたり込んで援助を求める人たちであった。私はここで非行以外の臨床を経験したことで逆に非行臨床の独自性を認識するようになった。
 また時が熟していたと思うのだが,家族療法の研修を受け始める一年前から,職場の上司であった澤田豊先生(現,新潟少年鑑別所長)から,これもまた実に密度の高いご指導を受け,それまで漠然と疑問に思っていたことや,家族療法の研修で感じたことなどが,まるで一本の紐となるように,次々と解決し,つながっていった。特に本書の「非行少年は無力感,疎外感を否定し(背伸び,やせ我慢し),払拭するために非行に至る」という考え方は,澤田先生の精緻で深みのある臨床眼には及びもつかないが,先生からご指導いただいた内容である。
 そういう意味では本書は澤田先生にまずもって報告すべきものである。しかし同時に本書での悪循環図式やとりあえずの援助,面接の勘どころといった内容は,当時の家族療法研修の経験が,私の中で澤田理論に合いまみれ,新たに定着していったものである。
 ちょうど一本の紐体験が始まったころ,浦和保護観察所(現,さいたま保護観察所)の保護司研修会の講師依頼があり,本書の内容と同じようなことをたどたどしくお話しした。しかし自分の体験や感覚をわかりやすい言葉で人に伝えるというのは難しいもので,会場にいた保護司の方々は,さぞかし断片的でわかりにくいものだったのではないかと思う。その反省から,構想を練り直し,多少とも体系的にまとめようと,ちょうど依頼を受けていた東京保護観察所のニュースレター「東京保護観察」に「やせ我慢の心理とカウンセリング」という題名で,連載記事を書かせていただいた。それは書きながら自分の考えが整理されていく幸せな経験でもあった。そして平成九年から,同じテーマで,三重県に本部のある農業団体・全国愛農会の機関誌「愛農」に編集部のご厚意でかなり自由に三年にわたって書かせていただいた。本書はこれらの連載を基に大幅に削除加筆を行ったものである。
 ご指導を受けた先生方や機会を与えていただいた関係者の方だけでなく,同僚や同業者とのかかわりも本書の内容に大きく影響を受けていると思う。家庭裁判所調査官の方々,とりわけ永井政樹先生や小畑勝利先生と一緒に同席面接をした経験は今でも私の臨床の核となっており,感謝にたえない。
……(以下略)

2001年1月  富山にて藤掛 明