「まえがき」より

 本書は,近年顕著になる一方の摂食障害(神経性無食欲症と神経性過食症)を臨床家に紹介するものである。医療福祉の現場にいる人にとって,さまざまな障害を引き起こすこの辛い病気に苦しむ人々の援助が急務になっている。摂食障害患者の支援組織を立ちあげねばならない専門職もある。そうしたなかで,一般公衆の摂食障害に対する理解のしかたが極端なものになりがちなので往生することもあろう――「摂食障害など,若い女性の是非もないきまぐれでしかない」というひとから,青春の真っ只中にある前途有望な若者を襲う,得体の知れない致命的な大病とみるものまで。医療政策の立案や施策にかかわる要路の人のあいだにさえこうした極論の持ち主がある。英国中どこにいっても,摂食障害患者の受けられる医療は十分とはいえず,その場しのぎにすぎないことも多い。
 よい医療をめざしていくとさまざまな壁にぶつかる。壁のひとつは,摂食障害に関する見解や助言がむやみに多過ぎることである。玉石混交の情報はふるいにかけねばならず,「石」のほうが多いと思うこともある。本書は,読者にかわって情報をふるいわけて整理する。知見の移り変わりを長年見てきた方にお手伝いいただけたらよかったろう。お断りしておくが,偏らない書き方を心がけたけれども,私の目に映ったようにしかものごとは書けない。経験を積んだ目でも,大事なことを見落とし,見掛け倒しのものに欺かれることもある。診療に携わるものにとって熱意は不可欠だが,熱心さゆえに判断を過つこともある。自分たちのしていることに自信をもつのは大事だが,その自信にはなるたけ確かな足場のあることが肝心である。可能な限り私見のよってきたる由縁に検討を加えたし,関連文献も載せたが,最終的には患者さんたちに照らして読者が判断してほしい。
 本書は摂食障害に病むひとびとの援助に関する本であり,実践的であることをめざした。何をとりあげて何を外すべきかは,臨床の役に立つかどうかで決めた。このため興味深い事柄でも外したし,すばらしく面白いとはいえなくても役立つことは残した。摂食障害の本質や深遠な意味を論じる理論書ではない。そうした書物は学問的には重要だろうが,患者を抱える専門職の応援には一味違うものが要る。専門家なら,患者を広い視野でとらえなおし,問題を見極め,役に立ちそうなこと,却って良くないらしいことを心得ておかねばならない。何よりも,自信の目安になるものが専門家には必要である。自信や腕が本から得られる訳はないが,適切な本なら役には立つ。そんな本を書こうと思った。本書がどのくらい実用に足るのかは自分ではわからない。時間と読者にお決め願おう。
 たくさんの読者が本書を(買って)読んで下さればもちろん嬉しい。学生,患者やその家族,いわゆる「関心のある知的公衆」も読むかも知れないが念頭にはおいていない。摂食障害で苦しむ人々への援助の道を選んだ――あるいはいつのまにか援助役になっていた――人々に向けた本である。そうした人々はいわゆる「援助に携わる職種」に属し,大半は精神保健の専門職だろうか。背景―資格―は看護,心理,作業療法,ソーシャルワーク,カウンセリング,医学の諸分野,特に精神医学であろう。以上のどれでもない方でも,基礎的な臨床や用語の知識はあるものとして話を進めた。「大うつ病」「電解質」「強迫性障害」などの用語を定義なしで使ったが,大半の読者はおわかりだろうし,少なくとも調べは簡単につく。読者の多くがお持ちの筈だと見込むのは,定義し難いがもっと大切なこと――いわば臨床的な常識である。摂食障害患者の経験の有無によらず,専門職として,病んでいる人・苦しんでいる人を援助する関係がどんなものかはご承知の筈だ。あなたもそうだと思う。そうでなかったとしても,これがどんな人向けの本かはお分かりいただけよう。
 摂食障害患者の援助は大きなテーマだから,摂食障害のすべてを網羅しようとするとあまり詳論できない。要所要所の章末に,深く掘り下げた本や学術論文を示した。本書は私ひとりで書いたが,多くは,他の大勢の方々から私の学んだことの延長線上にある。つまり私の視点からこの分野を見渡したのである。私の視野に欠損があって景色が歪んで見えているかもしれないのでご注意いただきたい。私の自覚していない欠損も多いだろうが,私の臨床経験が成人患者対象なのは,自覚している欠損に入る。16歳以下の患者の経験はほとんどない。小児や十代前半の患者の抱える問題には,十代後半や若年成人と重なるものも多いが,そうでないものも相当ある。患者が若いほど,特別なことが要るが,これを「特別」と呼ぶことに既に私の見方が出ているだろう。幼い患者に必要なことやその特徴について本書で触れたことはすべて受け売りである。多少は自分で検討を加えたが,より歳のいった患者に重点をおいた。この点に関しては参考文献がとくに大事である。
 本書の限界のもうひとつは肥満で,これは,摂食障害の近縁の問題として扱ったほか,いくつかの症例との関連で触れるにとどめた。紙数という現実的制約のためだ。肥満は大きな問題だが私自身経験が足りない。私の診療は,摂食障害を扱う大半の臨床家同様,明瞭な摂食障害のない肥満患者は通常対象外だと思うし,事実そうなっている。それでよいかどうかは別問題であろう。ここ数年,摂食障害の研究者と,肥満の研究者が交流するようになったのは歓迎すべきことで,臨床でもそうなるだろう(本稿を書きながら,診療部門の一環として肥満外来を開設すべきかどうか検討中)。しかし,今のところは,拒食症と過食症に焦点を絞って肥満は周縁にとどめておくという慣習に従うことにする。
 本書全体を通して,「科学論文らしい受動態」で書くことにした。多少迷ったが,結局それが最善であると思う。反対に,自分独自の個人的見解や,付け加えたほうがよさそうなことは何でも各章末に書き加えて,本文の流れを妨げないようにした。付記欄では能動態で「私は」と記してある。
 もうひとつの,もっと微妙なコトバの問題は性別である。摂食障害患者の大半は女性であるから,患者のことを論じるときは,「彼女または彼」というぎこちないいいかたはせずに,女性をさす代名詞を選んだ。援助者をさすときには,なるたけ性別を含意することばは避けたが,避け難いところでは,現実の援助者は女性が多いが「彼」を用いた。患者を「彼」と書くよりは事実に近いだろうし,文章も簡潔になる。簡潔さと引き換えに,性差別や治療関係における力関係は,伝統的な一般社会の男女関係に準じた書き方をせざるを得なかった。
本書は二部からなる。第Ⅰ部(第1章〜第5章)では摂食障害がどんなものかを記し説明を試みた後,摂食障害患者の援助の実際問題をとりあげた。第Ⅱ部では摂食障害の診断と治療から始め,次いで比較的稀な症例や,治療の行き詰まったとき――治療は必ずそこここで行き詰まる――どうしたらよいかを考える。肝心なのは,摂食障害患者を援助する人が,本書から「料理書の手順通り,レシピ通りにきちんとやれば万事うまくいく」という印象を受けないように留意した点だろう。特定の治療計画に従っても悪くはなかろうが――例えばマニュアル化された治療法を一つ選んでやってみるとか――,どんなに出来の良い治療計画でもすべての状況にあてはまる筈はない。臨床研究をしっかり踏まえて,十分有効性の証明された治療法でも,せいぜい「一応最善ということになっている方法」でしかない。うまくすれば,本書は臨床家がそうした情報を得る役に立つかもしれないが,「次にはこれをこうしなさい」という教則本ではない。せめて,読者がよりよい情報をもとにして臨床に備える一助になればいいだろうし,特別な研修を要するマニュアル化された治療法などが適切に使えるようになればよい。そうした治療法や研修にも触れるが,当然ながら本は修練の代わりにはならない。各個人や施設で適切な研修を組む必要があろう。最終章では診療を提供できる組織づくりに触れたが,そうしたところでは訓練やスーパーヴィジョンが一番大事になる。