「訳者あとがき」より

 本書はRobert L. Palmer: Helping People With Eating Disorders: A Clinical Guide to Assessment and Treatment(John Wiley, 2000)の全訳である。訳者が同書を知ったのは,堅実を以て鳴る英国医学雑誌の書評で賞賛されていたためである(Mark Berelowitz, BMJ: 322:621 , 2001)。英国では,摂食障害の研究面でFairburn・Oxford大教授が世界的に知られるのに対して,Palmer氏は辣腕の実地医家代表として双璧を成すようである。原著を通読して,最先端の知見を踏まえつつ,極めて具体的な臨床的示唆に富むことに打たれた。摂食障害に関する書物は少なくないが,研究成果に目を配りながらも現場の勘を失わず,しかも特定の学派に偏らないというバランス感覚sense of proportionはそうあるものではない(この辺の地味で実直な手堅さはいかにも英国らしいのだが)。無論既にわが国には碩学下坂幸三先生による摂食障害の指南書が数々あり,訳者自身それらと首っ引きで診療にあたってきた。本書は症状の生物学的背景や重症例の入院治療についても詳論している点で,下坂先生の御著作を補完するのではないかと考え,翻訳を思い立った次第である。何といっても白眉は第10章で,治療の行き詰まりをここまで詳しく書いてくれる先達はなかなかいない。難治例の入院治療に否応なしにあたる若い精神科医たちの頼りになる実用書,というのが本書の面目であろう。
 日常診療に没頭していると,個々の患者の入り組んだ事情に巻き込まれて,全体的な俯瞰がお留守になるきらいがある。他方,整然とした学問体系を志せば,臨機応変の臨床が雑駁な混沌に過ぎないように思いかねない。Palmer氏は,最新の二重盲検調査などの 'evidence' にしつこいほど神経を使う一方で,押し寄せる患者の手当てをし,病棟看護婦たちに説明し,予算を工面して臨床の現実と四つに組んでおり,まことに清濁併せ飲む練達の士である。すなわちここには実証研究と臨床的英知との間の絶えざる往還がある。範とすべき態度と思う。
 とはいえ,たとえば家族を面接の場に同席させるかどうかというくだりなどを読むと,徹底して温情主義paternalismを排し,あくまで自己決定権autonomyを最優先する西洋の,時として無情なまでの冷厳さを感じてしまう。わが土居健郎,木戸幸聖,下坂,中井久夫,神田橋條治,中安信夫らの面接技術のほうがこまやかでしなやかだ,と思うのはの引き倒しだろうか。
 ……(後略)