「あとがきに代えて」より

―これからロールシャッハを学ぼうとする方へ―

 なぜわざわざロールシャッハを使うのか。本書中,Dr. Exnerはこの問いに明快に答えています。心理学的にユニークな存在としての個人を描くのに,ロールシャッハほど適したアセスメント法はないからだと。この言葉がいかに当を得たものであるかは,本書に目を通していただければよくわかると思います。そして,たった10枚の図版からどうしてこれほどのことがわかるのか,あらためて感嘆させられることでしょう。
 Dr. Exnerは本書でこのすばらしいテストの解釈法について,最新の知見をもとに,実に丁寧に説明してくれています。これまで日本ではEJA(エクスナー・ジャパン・アソシエイツ)の講座やJRSC(包括システムによる日本ロールシャッハ学会)のワークショップなどでしか耳にできなかった「かんどころ」が,本書にはびっしり詰まっています。つまり,すばらしいテストとすばらしい解説,この両者がそろって本書は出来上がっているわけです。さらにうれしいことに,各章の本文と練習問題にはそれぞれ具体的なケースが用意されており,読者の理解を深めてくれます。
 本書に登場する都合30のケースは,医療,教育,司法,産業などさまざまな領域から集められたものです。このこと自体,ロールシャッハを活用することのできる領域の幅の広さを示していますが,各ケースで挙げられている査定事項を見ると,ロールシャッハからどんなことがわかるのか,あるいはロールシャッハをどういう目的で用いたらいいのかを考える上で,大変参考になります。「自分のところではロールシャッハはどうも……」と二の足を踏んでいる方には,ロールシャッハの活用法を考える手がかりになるのではないかと思います。
 けれども,本書を読んだからと言ってすぐにロールシャッハの優秀な使い手になれるわけではありません。本書はあくまでも入門書(Primer)です。経験者であれば,ロールシャッハやDr. Exnerの本当のすごさはこんなものではないことを知っているに違いありません。いみじくもDr. Exnerが述べているように,ロールシャッハ解釈には,人間についての理解,精神病理や不適応についての理解,ロールシャッハ・テストについての理解,これらすべてが必要です。こうした知見をもとにした解釈でなければ,ロールシャッハの力を本当に生かすことができません。解釈の最終所見は,ケースに応じた,生き生きとしたものであるべきでしょう。それはこの書の延長線上に位置するものです。
 Dr. Exnerが日本で初めてワークショップを開いたのが1992年10月のことですから,わが国へ本格的に包括システムが伝えられてから,今年でかれこれ10年になります。この間の日本での包括システムの広がりには目を瞠るものがありますが,それはひとえにこのシステムのわかりやすさや,さまざまな領域での使い勝手の良さゆえでなかったかと思います。しかしその一方では,残念なことに,マニュアル的な解釈や各ステップの所見をただ羅列しただけの解釈も目につきました。「だから何なの」「それで?」と思わず聞き返したくなるようなレポートにお目に掛かることもありました。自分のことでもあるので自戒と反省を込めて言いますが,これはロールシャッハが悪いのではなく,あくまでも使う者の責任です。一時期,包括システム自体がマニュアル的なのではないかという批判や,包括システムではコンピューターが解釈までやってくれるといった誤解を耳にしたともありましたが,もちろんそれらは間違った言説です。たとえばケース30の最終所見を読めば,このような批判がいかに不当なものであるかわかると思います。
 この書の各所見をただ並べて終わりとするような解釈は適当ではありません。われわれは生きたレポートを書かなければいけません。どうか皆さんも,各所見を,人間について,精神病理や不適応について,そして用いられる臨床現場やコンテクストを十分把握した上で,有機的に統合することを目指してください。各所見を単純に積み上げ,羅列しただけでは,「だから何なの」「どうすればいいの」という問いが残ってしまいます。それは訳者としても不本意なことですし,ロールシャッハの発展を妨げることでもあります。共に精進しましょう。
 翻訳に当たってはなるべくわかりにくい言葉を使わないように努めたつもりです。けれども,実際には,「自己への関与(self involvement)」「辺縁思考(peripheral thinking)」などのような固い言葉をところどころ使ってしまいました。また,原語で読んでいる分には理解できても,その意味するところをわかりやすい日本語にするのに手間取ってしまった部分も多々あります。監訳者がこんなことを言うのは無責任かもしれませんが,決して完璧な訳とは思っていません。ですから,なおさらのこと,本書中の言葉や文章をそのまま抜き出して事足れりなどとしないでください。ことに,最終所見の中に「自己への関与が高まり……」「辺縁思考が増え……」などと気軽に書くことのないよう注意してください。何の説明もなくこれらの言葉に出くわしたら,ふつうはぎょっとするものです。こういった固い言葉の意味するところは,本書をよく読んでいただければわかりますので,よく消化した上で,ぜひ自分の言葉で所見に取り入れてほしいと思います。その意味では,どうぞ翻訳を踏み越えていってください。
 訳者として,あるいは監訳者として本書に約1年間つき合ってみると,わが子のように愛着がわいてきました。書物というものは,出版された時点から著者や訳者たちの手を離れていくのが定めです。けれども,親バカでしょうか,一人歩きさせるのが心配でたまりません。ぜひ付き添ってあげてください。そして,皆さんのコントロールのもとで活用してください。この書が常に皆さんと共にあり,皆さんのものになることを願っています。
 翻訳は多くの仲間との協同作業で行われました。訳者として名前の挙がっていない方からもたくさんの協力や励ましをいただきました。ときには思うように言葉が出てこずに苦しんだり,時間に追われて呻吟することもありましたが,総じて言えば知的興奮に満ちた楽しい作業となりました(W+ Ma.FC.FYo 2 H COP,GHR)。どうもありがとうございました。この書が多くの臨床家(ひいてはその援助対象となる多くの方)の役に立つならば,さらにCOP2(!)をコードしたくなるかもしれません。
 Dr. Exnerの日本招聘やJRSCの設立に与ったかつてのEJAのメンバーを日本の包括システムの第一世代とするならば,その恩恵を受けて包括システムを学んだ私などは第二世代ということになります。この書が次の世代への架け橋となり,第三,第四の世代へと叡知が受け継がれていくことになるならば,それは訳者としてこの上もない喜びです。

2002年3月 野田昌道