「あとがき」より

 本書は,John E. Exner著“A Primer For Rorschach Interpretation”の全訳である。
 2000年12月に出版されたもので,原題は「ロールシャッハ解釈の入門書」となろうか。
 確かに,ロールシャッハの解釈のための入門や手引き書としての役割を十分果たす内容ではあるが,むしろたった10枚の図版から得られるロールシャッハ・データから,いかに実際の臨床現場に使える情報を引き出すかについて解説されている点からは,中級以上の臨床家向けの書という感が強い。
 Exnerが,このような「解釈のためのワークブック」ともいえる本書の執筆に取り掛かったのは1996年頃と思われる。ちょうどその2年後の1998年には生死の境を迷うアクシデントに見舞われるなどの事情から,およそ5年がかりでようやく生まれた。この「解釈のワークブック」の出版の意図は,解釈の方法論を理解してもらうために,解説のための問題や練習問題を設けることによって,ステップ・バイ・ステップで解釈を身につけられるようにしたいという発想にある。
 Exnerは,冒頭の第1章でロールシャッハのデータは「その人物がなぜそのような行動をとるのか」を説明することのできる珍しい資料である,と語っている。言い換えれば,「なぜ私はこんな私なのでしょう?」という素朴な疑問に答えてくれるデータなのである。「あなたがそのようなあなたなのは,こうだからです」とデータが説明してくれるという。この方法を精神科,カウンセリング,福祉,司法,教育現場の人間理解に応用できるのは大変に魅力的で興味深いものになることは間違いない。
 簡単にExnerの略歴をご紹介しておくことにする。1928年にニューヨークで生まれ,朝鮮戦争に空軍で参戦後,1958年にCornell大学で博士号(臨床心理学専攻)を取得した。著書論文はあまりにも多いが,最初の学術誌の論文は1959年「ロールシャッハにおける有彩色と無彩色の影響(Jr. Projective Technique, 23, 418-425)」から始まる。初期の頃の研究テーマが色彩についてであるというのは興味深い。1972年に奥様のDoris Exnerと共著となる論文「臨床家はどのようにロールシャッハを使っているか(Jr. Personality Assessment, 37, 437-455)」で調査研究結果をまとめて以降は,ロールシャッハにおけるナルシシズムの表れや自殺の研究など,現在の包括システムにつながる独自の研究を精力的にこなしている。この頃は,ニューヨークのロングアイランド大学で教鞭をとる傍ら,ロールシャッハ研究財団(Rorschach Workshop)を組織して研究教育に携わっている。1993年から1999年までは国際ロールシャッハ学会会長も務められ,その後もヘルマン・ロールシャハの図書館博物館(スイス・ベルン市)の館長として国際的な活躍に惜しみなくエネルギーをかけられている。
 そのExnerの4度目の来日にあわせてこの翻訳が出版できるのはラッキーだった。本書が果たす役割は大きいと思う。なぜならば,Exner自身によるあの詳細で,丁寧なデータを読み込み,まとめ,解釈していく姿を実際に目にすることは今後ほとんどないであろうからである。本書の丁寧なExnerの説明によって,ロールシャッハの解釈の真髄を理解し,ロールシャッハを受けた被検者一人一人の福利になるようにアセスメント結果を使う専門家が増えることが監訳者の願いである。
……(後略)

2002年3月 中村紀子