訳者あとがき1

 本書は,Steven Wolin and Sybil Wolin, The Resilient Self: How survivors of troubled families rise against adversity, Villard Books, New York, 1993の全訳です。邦題は,検討を重ねた末,『サバイバーと心の回復力:逆境を乗り越えるための七つのリジリアンス』に落ち着きました。これまで,日本語で読めるリジリアンスをテーマとした本は1冊もありませんでした。ですから,本書によってリジリアンスを初めて知る多くの方々にとって,とりかかりやすいようにとか,手にとった時点で,リジリアンスについての想像がいくらかは膨らむように,などと考えて,「心の回復力」という説明をタイトルに加えたわけです。
 さて,本書は,問題の多い家族の中で生き抜いてきたサバイバーたちのために書かれました。その一人一人に対して,「あなた」と語りかけるウォーリン夫妻の言葉に勇気づけられ,自らのリジリアンスを確認したり,探し始めるサバイバーが1人でも多くいることを願っています。しかし,本書がどのように受け止められるかというのは,私にはまだわかりません。私自身は,リジリアンスが,弱さや傷つきやすさ,それに痛みや苦しみを否定するものではなく,むしろそこから目をそむけないことによって浮かび上がってくるものだ,ということに真実味を感じました。この点が強調され続けているので,逆境に生きる大変さが,ぞんざいに扱われてしまうことはないでしょうし,単なる楽観主義に終わりはしないだろうと,少しほっとしたわけです。
 皆さんも,さまざまな感想を持ち,影響を受けられることでしょう。一つ思うのは,たとえば,過去にこうだった結果あなたはこうなるでしょう(または,あなたが現在このようなことで困っているのは,過去にこうだったからです)というメッセージを受けてこられた方にとっては,ちょっとした,あるいはかなり大きな波紋が投じられたかもしれない,ということです。私たちは,ダメージ・モデル的な考え方に,いつの間にか慣れてしまっているような気がします。医療関係者や心理療法家,その他サバイバーたちと関わるさまざまな人たちも,それから,サバイバーたち自身も。
 弱さだけでなく,個人にある力強さを見ることは,ずっと以前から,臨床実践を行う私たちの基本姿勢とされてきたはずでした。にもかかわらず,ダメージ・モデルから離れてみようとすると,これがなかなか難しいのです。本書はその事実を私たちに差し出し,チャレンジを期待しているように思えます。ダメージとリジリアンスが揺れ動くサバイバーたちのストーリーに耳を傾けようとする限り,私たちも,ダメージ・モデルとチャレンジ・モデルとの間で揺れ動き,バランスをとらなければならないようです。
 ところで,本書の訳出作業は,日常の臨床実践と同時に進行しました。サバイバーたちと話をしていると,まさにそのバランスをとるのに苦労している自分に気づかされ,本書が,自分の臨床実践にどんなに影響を及ぼしたかを,つくづく考えさせられることになりました。その過程につきあってくれたサバイバーたちには,本当に感謝していますし,彼,彼女らの見せてくれたリジリアンスに,敬意を表さずにはいられません。
 ちなみに,本書が私の臨床実践に与えた影響についてのストーリーは,『セラピストの物語/物語のセラピスト』(小森康永・野口裕二・野村直樹編,日本評論社より近刊)の中で,文章となる機会に恵まれました。お気づきのように,編者の1人は,本書の共訳者である小森先生です。さまざまな執筆者が,本との出会いと臨床実践への影響について語っていますので,こちらもぜひご一読ください。
……(後略)

2002年春,名古屋にて  奥野  光