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「日本語版への序文」より

 アートセラピストであり心理臨床家でもある私にとって,子どもの描画を理解することは自己評価の連続でもあった。子どもたちの描画はいつも興味深い驚きをもたらし,そのアート表現から私は実に多くのことを学んだ。子どもたちとの出会いが教えてくれたのは,描画が子どもたちにとっては夢,葛藤,不安,周囲の事柄に対する気持ちを反映する道具になっているということだった。
 本書を執筆しながら,私は子どもたちとのいろいろな経験を思い出していた。子どもの描画に対する考え方の根本を,私は彼らとの経験とともに培ってきたからである。そのなかでも特に思い出深いのは,私に描画表現への理解を深めるきっかけを与えてくれた思春期の少年との経験であった。治療が進むにつれ,彼は胸に秘めた気持ちを描画にして私にぶつけるようになった。自分を虐待した両親に対する怒りや家庭状況に対するどうしようもない絶望感,そして,彼のなかにうごめく自己破壊的な感情などをぶつけてきたのである。当時,私はまだ心理学やアートセラピーの訓練を受けていなかったが,彼の描画に自暴自棄な気持ちや自殺企図があらわれていたのを見逃さなかった。彼が自分自身に手ひどい仕打ちをする前に,彼の心の痛みに気づいて介入援助の手を差し伸べることができたのは,彼の描画のおかげであった。この経験をはじめ多くの子どもたちとの出会いから,私は描画に託された意味の豊かさやそのインパクトの力強さを学ぶことができた。視覚イメージは,人の心のなかにある未だ言語化されず苦痛に充ちたままの部分に光を当て,ときにはその非言語的なメッセージが人の命を救うことにもなる。
 この思春期の少年との経験がきっかけで私はアートの心理的側面に興味をもち,大学院に戻ってアートセラピストとしての訓練を受けることになった。大学院でのレッスンを経たことで,病院,シェルター,学校での幼児,児童,生徒を対象とした私の活動は,よりいっそう臨床的色彩の強いものに変化した。大学院卒業後,私は被虐待女性のシェルターでアートセラピストとして,女性や子どもたちの治療に関わることになった。その多くはドメスティック・バイオレンスによる心的外傷をかかえた人たちであったが,なかには身体的虐待や性虐待の犠牲者もいた。そこでの経験から教えられたのは,心的外傷が描画を通していかに表現されるかということと,被虐待児やドメスティック・バイオレンスを目撃した子どもたちにとっては,描画こそが自分の経験や危機感を表現する唯一の手段になっていることだった。子どもたちの描画はどれも,抑うつ感や不安,怯え,孤立感に充ちていた。そうした感情に言葉で表現の糸口を見出すのが難しいとき,アートという表現媒体が力を貸してくれる。子どもたちの描画はそれを物語っているように思われた。
 本書はアートセラピストのために書かれたものだが,同時に,被虐待児の治療にたずさわる他の専門家諸氏のためのアートセラピー手引書にもなると思う。他の専門家にもアートセラピーの重要性やアート評価の技法,アートによる介入技法を知っていただくため,本書には以下にあげる三つの目的が設定されている。
 第一は被虐待児に観察されるアート表現の類似性に関する検討である。第二はアート介入の導入法に関する考察である。そして第三はシェルターでの援助プログラムにどのようなかたちでアート介入を位置づけるか,つまり,その導入プログラム戦略を明示することである。これら三つの目的に関しては,本書の「はじめに」(p.13)のなかにその要旨をまとめておいた。

……(中略)
アートセラピーは発展途上にある活気に充ちた分野である。この分野にたずさわる者には達成感と未来への展望が約束されている。精神衛生,特に精神医学やカウンセリング,リハビリテーションの分野では,アートセラピーが重要なモダリティとなりつつある。しかしながら,被虐待児の治療ではアートセラピーがまだ充分に役割を果たしているとはいえず,アートセラピーに関する専門知識の普及が必要な状態である。虐待や暴力によって危機状況を経験した子どもたちにとっては,アートセラピーの導入が治療評価の道しるべになるのではないだろうか。キャリアのあるセラピストにとっては,子どもたちを理解し援助介入するとき,もっとも頼りになるのが子どもたちのアート作品である。それは通常の言語を媒介にした面接では得られない貴重な情報を提供してくれる。これがもっとも重要な点である。
最後に申し上げておきたいのは,被虐待児に治療介入するとき,介入を成功に導くか否かは,セラピストが彼らのアート表現を理解できているかどうかにかかっていると知らされたときの感動である。私はいろいろな視覚アートを臨床活動に結びつけてきた関係で,アート表現が個人や社会の変化成長に及ぼす影響力を確信していた。アメリカ国内ではドメスティック・バイオレンスが現在もなお深刻な社会問題であり,社会援助の専門家にとってはこれからもなお当分の間,それへの挑戦が続くものと思われる。Rollo Mayの「アートと暴力はその効果において対峙する」という言葉が真実なら,家庭や社会に蔓延する暴力(攻撃性)の影を緩和するのにアート表現が果たす役割は計り知れない。被虐待児の治療はアートセラピーぬきには考えられない。私がそれを確信するにいたったのは,まさにこのアートがもっている本質的特性に信頼を寄せるからに他ならない。

2000年5月30日 米国ユタ州ソルトレークシティー キャシー・A・マルキオディ

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