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はじめに

 本書は,2001年に創刊された『臨床心理学』第1巻第2号から1年間(全6回)にわたって,同じタイトルで連載したものに,3つの逐語録と事例とまとめの2章を加えて一冊の書籍としたものです。雑誌掲載時の文面ですので,本となっては奇妙なところもあるのですが,最初に書いた時の勢いを残したいと思い,簡単な修正にとどめて,全面的な書き直しまではしませんでした。
 その点お含みおきの上,お読みいただければと思います。

 新たに創刊される雑誌にフォーカシングについての連載を依頼されたとき,頭の中で「できないできない,とんでもない」の大合唱が起こりました。しかしそのうち,自分にとって大切なフォーカシングを広く伝えることは使命だとも思えてきて,引き受けてしまいました。なぜか私はフォーカシングに関しては大胆に挑戦してしまいます。
 しかし,今いざ書き始めようとすると「できない」の勢いが強くなりどうにもとりかかれません。この動けなさから一歩踏み出すために思いついたのが,これをテーマにフォーカシングすることです。フォーカシングとは,「ある問題についての最初ははっきりしない身体の感覚のそばに居続けることであり,その目的と結果はそこから新たな体験的一歩が生まれること」(Gendlin, 1996)です。書き始められないこの感じに触れるのもフォーカシングです。それをフォーカシングの例として提供するのもいいかしれません。少々恥ずかしくもありますが,今の私のフォーカシングにおつきあいください。
【まずちょっとリラックスして,からだの内側を感じます】。肩がずんと重く,お腹の真ん中に何かを感じます。
【それぞれに,そんな感じあるねとやさしく挨拶します】。すると「やっかいやっかい」ということばが出てきました。【そのことばを繰り返すと】,肩の重さも胃の固まりも和らぎます。一方どこかでそうとばかりは言えないと反発も感じます。【その反発もそのまま認めます】。頭ではその反発は使命感かと思っていたのですが,どうも違うようです。「のびのび書ける」ということばが出てきました。(枚数制限のある論文と違い,心おきなく書きつづれると喜んでいるようです。)
【それでいいかなと確かめていたら】,お腹にごちゃごちゃの固まりが強くなります。「怖さ」みたい。お腹から重い腕がのびて胸にのしかかり肩にだらんとかかって,胸も肩もずしんと重い。その怖さと重なって「一挙に,労苦なしに伝えたい」という願いも出てきました。【そうできたらどんな感じだろう】。からだ中がのびのびします。
 でもすぐに,「うまく伝えられず,大切なものが誤解されるかも」という疑いが出現。【誤解を恐れているんだね】。うん? どうも違う。そんなきれいごとじゃない。自分の失敗が怖い。批判をひどく恐れています。たくさん文献だけあげてさよならしたいくらいです。【そこは何を望んでいるんだろう】。「目こぼしなく伝えたい」。これ忘れてたでしょと言われたくないらしいです。【本当にそうだよねとそこに声をかけます】
 すると「うまく書けなくても私の中のフォーカシングは確か」と感じられ,少し安心してきました。また,連載だから言い忘れは後で補えると思えます。
 皆さんへのお願いも出てきました。どうぞ,わからない点はご質問ください。皆さんからのフィードバックをいただきつつ進めたいと思います。
【今必要なことはこれだけかなと,念のためからだに確かめます】。お腹の感じは楽。肩はあいかわらず重い。【肩にもう一度やさしく注意を向けます】。「何であれ仕事は重いし,今日はもうパソコンから離れたい」
 ならば仕方がない,今日はここで一段落とします。しかし,この連載への気持ちも整理できた上に,書き始めの一歩は進んだのですから,一挙両得,気持ちよく一段落です。
 これは日常使いの一人で行うフォーカシングの一例です。皆さんにはどう感じられるのでしょう。自分がいつもやっている自問自答と同じじゃないかという声も聞こえそうです。フォーカシングとことさら言わずとも,こんなふうに自分の内側と対話しながら日々生きている人もいます。当然です。フォーカシングとは,うまく流れている日常で人々が,あるいは,うまく進んでいるセラピーの中でクライエントが,自然に行っているプロセスなのですから。しかし,そんな「プロセスとしてのフォーカシング」が自然には起こらない人もいます。また,普段はできていてもときにできなくなり行き詰まることもあります。そんな人,あるいはそんなときに,このプロセスを促すやり方が「スキルとしてのフォーカシング」です。
 基本的にはフォーカシングは自助的方法であり,自分が自分の内側の感じとつきあう方法です(Cornell, 1996)。ただし,このような方法が発見されたのは心理療法の研究からですし,心理療法の中でクライエントにこのようなプロセスが起こるよう促すことは有効です。それが「フォーカシング指向心理療法」(Gendlin E.T., 1996)です。セラピストの方にはぜひ臨床にも利用していただきたいものです。
 本書では,まずフォーカシングの概要を紹介した上で,セラピスト自身が自分でフォーカシングができるような手引きをし,その上で心理臨床の中に生かしていけるよう逐語録や事例も含めながらさまざまな工夫を述べていきたいと思います。理解できるかどうか,納得がいくかどうかを,ご自身のからだの実感に確かめつつ,読みすすめていただけると幸いです。

日笠 摩子

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